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くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
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第66話 バトン


大将戦。


名前を呼ばれた瞬間、

沙希は、一歩前に出た。


足は動いた。

けれど、身体の奥が――わずかに震えている。


(……私が、終点)


今までと違う。


初手でもない。

流れを作る役でもない。


ここで負けたら、終わる。

誰にも繋げない。


沙希は、深く息を吸った。


対面に立つのは、

真心 進。


「真心高校 大将、真心」


進は、静かに笑っていた。


「君と、こうして向き合う日が来るとはね」


その声に、

沙希の胸がきゅっと縮む。


怖い。


嫌悪でも、怒りでもない。

理解されることへの恐怖。


「始めよう」


進が言う。


「革命か、安定か」


「進化するのは、どっちだ?」


沙希は、答えなかった。


アームが、降りる。


序盤、進は容赦がなかった。


強引。

大胆。

だが――雑ではない。


新しい手。

新しい角度。

新しい“正解”。


協会長が、低く呟く。


「……ほう」


「真心進。

 力任せではないな」


晴谷も、目を細める。


「研究してきてる。

 歪んでるが……真面目だ」


沙希は、押されていた。


安定手が、通じない。

再現性が、揺らぐ。


一手、外れる。


会場が、ざわつく。


その瞬間。


沙希の指が、はっきりと震えた。


ベンチの端で、

針千は、それを見た。


(……あれ?)


沙希が、震えてる。


あの沙希が?


(俺や、豚田ならわかる)


(才能がない側なら)


次の瞬間、

針千の中で、言葉が引っかかった。


――才能が、ない側?


(……ん?)


(才能がある側、ない側)


(俺、いつから――)


視線が、沙希から、

自分のチーム全体へ移る。


(なんで、

 自分の仲間を、

 そんな線で見てた?)


胸が、ざわつく。


記憶が、引きずり出される。



中学のグラウンド。


リレーのメンバー表。


名前は、なかった。


「サポート、頼むな」


渡されなかった、”バトン”。


もらえなかった、場所。


(才能あるやつが負けたら)


(俺みたいなのは、

 何を信じて立てばいい?)



現実に戻る。


沙希は、まだ台の前に立っている。


震えながらも、

前を見ている。


その姿を見て、

針千の中で、何かが崩れた。


(……違う)


(才能があるから、

 前に立ってるんじゃない)


(怖くても、

 逃げないからだ)


進が、言う。


「どうした、沙希」


「笑わないのか?」



その言葉に、

沙希の視線が揺れる。


その瞬間。


「……違う!!」


針千の声が、会場に響いた。


全員が、振り向く。


針千は、前に出ていた。


「お前が下を向いてたら!」


拳を、強く握る。


「俺みたいな裏方は、

 何を信じて応援したらいいんだよ!」


進が、眉をひそめる。


「裏方?」


針千は、進を見ない。


沙希だけを見る。


「お前が、

 才能あるからじゃない」


「前を向いて、

 立ってるからだろ!」


一歩、近づく。


針千は、手を伸ばした。


そこには、

見えない”バトン”があった。


中学の頃、

渡せなかったもの。


もらえなかったもの。


今度は――

自分で、渡す。


「行け」


それだけだった。


沙希は、

その手を見た。


そして――

確かに、受け取った。


胸の奥で、

何かが、ほどける。


(……一人じゃない)


沙希は、目を閉じた。


扉が、開く。


中へ。


浅瀬。


今までの自分。

安定。

再現性。


さらに潜る。








中層。


責任。

恐怖。

迷い。


さらに、深く。

















深海。





光は、ない。

音も、ない。


でも――

確かに、繋がっている。


目を開く。


現実。


沙希は、力を抜いた。


狙わない。

掴まない。


ただ、信じる。


アームが、降りる。


右の爪が――

箱の、わずかな隙間に。


刺さった。


「……え?」


誰かの声。


持ち上がっていない。

押してもいない。


なのに。


アームが、上がる。


刺さったまま、

箱が、傾く。


重心が、

橋の外へ出た。


ゴトンッ


落下音。


会場が、遅れて爆発する。


「大将戦、トレ高チームの勝利!!」


沙希は、立ち尽くしていた。


手は、震えていない。


進は、

その光景を、呆然と見ていた。


「……そうか」



小さく、呟く。



――真心回想


真心進は、

生まれたときから“上”だった。


父は、真心教の教祖。

進は、その息子。


何もしなくても、

人が集まった。


「進が言うなら」

「教祖の息子だしな」


子分は自然と増え、

進はそれを当然だと思っていた。



天秤沙希は、違った。


天秤教 教祖の娘。

最初は、

ほんの数人。


失敗しても笑って、

軽口を叩いて、

それでも前に出る。


進は、それが気に入らなかった。


(なんで、あんなやり方で)


(なんで、人が集まる)



ある日、進は言った。


「それ、作り笑顔だろ」


「本音じゃないくせに」


子分たちが、笑った。



沙希は、

笑ったまま言い返した。


「別にいいじゃん」


「楽しいんだから」


その瞬間、

進は胸の奥がざらついた。



気づけば、

沙希の周りには人が増えていた。


命令しなくても、

縛らなくても。


進の“子分”とは、

まるで違う集まり方。



進は、

それを認めなかった。


「才能に甘えてるだけだ」


「正しさがない」


そう言い聞かせた。


——言い聞かせる必要があった。



本当は、分かっていた。


沙希は、

誰も縛らない。


だから、

人が離れない。



それでも進は、

沙希を見てしまう。


勝つところも、

失敗するところも。


目を逸らせなかった。



(……好きだったんだと思う)


でもそれを認めたら、

“教祖の息子”でいられなくなる。


だから、

進は言い続けた。


「作り笑顔だ」


「偽物だ」



準決勝。


決着後。


進は、沙希を見る。


昔と同じ笑顔。


でも今は、

その後ろに“仲間”がいる。


進の背後には、

命令で集まった影だけ。



(……俺は)


(何を、守ってきたんだ)


──




沙希は、進を見る。


「私は」


静かな声。


「みんなと、来ただけ」


背後で、

針千が、息を吐いた。


”バトン”は、渡された。


今度は、確かに。


準決勝、決着。



トレ高チームは、

決勝へ進む。

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