第63話 それぞれの朝
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① 新聞配達の朝(詠と雪平)
朝は、昨日と同じ匂いがした。
新聞のインク。
まだ冷たい空気。
眠りきらない街。
詠は、自転車を押しながら歩いていた。
隣に――雪平がいる。
「……変な感じ」
詠が、ぽつりと言う。
「あらどうして?」
「なんで私を誘ったんだよ」
雪平は、微笑んだ。
「だってあなた、そのチラシ見たとき……寂しそうだったから」
月刊クレーンゲーム折り込みチラシを指刺す
それだけ。
しばらく、無言で新聞を配る。
角を曲がったところで、
詠が急に足を止めた。
「ねえ」
「なに?」
「昨日さ……怖かった」
言葉にした瞬間、
胸の奥が少しだけ軽くなる。
「負けるのが」
雪平は、すぐには答えなかった。
代わりに、詠の手元を見る。
「それ、前はなかったわね」
「……前はさ」
詠は、苦笑する。
「勝っても負けても、楽しかったから」
「今は?」
「……誰かに、繋ぎたかった」
雪平は、頷いた。
「それでいい」
肯定は、それだけ。
でも、詠はそれで十分だった。
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② 朝のゲーセン(豚田と針千)
朝のゲームセンターは、静かだった。
大会用の台じゃない。
古くて、癖のある橋渡し。
クレーンゲームをやる針千
「……はぁやっぱみんなみたいにはいかないな」
「基礎が大事ブヒ」
豚田は、画面から目を離さずに言う。
「豚田はすげーよな」
「え?」
「”萌えたんモード”とかいって覚醒できるし」
針千は、淡々と続ける。
「おれは応援しかできないからさ」
豚田は、一瞬だけ黙る。
「……でもみんな助かってるブヒ」
表情を変えずに針千が言った
「ありがとな豚田。」
「準決勝も頑張ってくれよな。」
「ぶひ!」
針千は、少しだけ笑った。
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③ 自販機の前(すきと沙希)
すきは、缶を握ったまま言った。
「……雪平と当たらなくて」
一瞬、言葉に詰まる。
「正直、ほっとした」
沙希は、驚かなかった。
「うん」
「……いいのかな」
「いいよ」
即答だった。
「今は」
沙希は、すきを見る。
「逃げたんじゃない。
まだ、行く時じゃないだけ」
すきは、缶を開ける。
小さな音。
「……準決勝、勝たなきゃね」
「当たり前」
沙希は笑う。
「そのために、ここまで来たんでしょ」
すきは、空を見上げた。
まだ、自分は途中だ。
でも――
途中であることを、ようやく受け入れられた




