第59話 かもめは並んで飛ぶ
かもめ高校の控えエリアは、静かだった。
歓声も、過剰な円陣もない。
それでも、誰一人として浮いていない。
「……独特ね」
舞子が、小さく呟く。
トレ高側から見れば、
あそこは“一つの塊”だった。
かもめ高校の選手たちは、
それぞれ違う方向を向きながら、
同じ呼吸で立っている。
その中心にいるのが――雪平杏。
雪平は、指示を出さない。
大きな声も出さない。
ただ、通りすがりに一言。
「今の間、悪くなかった」
「次は、焦らなくていい」
「それで大丈夫」
それだけで、
言われた選手の肩から力が抜ける。
まるで、
全員の重心が、同じ場所に戻されていくみたいに。
少し離れたところで、
詩が黙って立っていた。
派手な服。
荒い気配。
普通なら、輪から弾かれる。
けれど詠は、
誰とも距離を取られていなかった。
――最初は、違った。
破天荒な一手。
賭けに行く癖。
「脳汁」という言葉。
かもめ高校の部員たちは、
正直、戸惑っていた。
それでも。
「大丈夫」
雪平は、迷いなく言った。
「この子は、悪い子じゃない」
それだけ。
詠の一手が暴れたあとも、
失敗しても、
勝っても負けても。
雪平は、態度を変えなかった。
少しずつ。
本当に、少しずつ。
詠は、チームの中で呼吸を覚えた。
壊すだけじゃない。
繋ぐという役割が、そこにあることを。
試合は、淡々と進む。
先鋒戦。
トレ高、勝利。
次鋒戦。
かもめ高校、勝利。
中堅戦。
トレ高、勝利。
スコアボードが切り替わる。
トレ高:2
かもめ高校:1
「……数字以上に、嫌な相手だな」
針千が腕を組む。
そのとき。
「気づいたか」
晴谷が、ぽつりと呟いた。
「え?」
「あれ、個々が強いんじゃない」
晴谷の視線は、雪平に向いている。
「全体が、底上げされている」
針千が眉をひそめる。
「は?
チーム全体にバフみたいな?」
「そうだ」
「ゲームですか?」
晴谷は静かだ。
「潜在能力だ。
本来、人は実力の二割も出せない」
視線を、選手たちに巡らせる。
「雪平がいることで、
全員が一割分、余計に出せている」
「……そんなの、あり?」
針千が素で言う。
「あり得る」
晴谷は即答した。
「境地に至った人間ならな」
すきは、背筋が冷えるのを感じた。
あの人は、
前に出ないタイプの強者だ。
そのとき、
かもめ高校側で、動きがあった。
詠が、一歩前に出る。
雪平が、何も言わずに頷いた。
それだけで、十分だった。
「来るね」
沙希が言う。
「副将だ」
凛は、静かに息を吐いた。
視線の先で、
詩が、台の前に立つ。
破壊の気配。
けれど――どこか、違う。
勝つためじゃない。
繋ぐための立ち姿。
その様子を、
雪平は穏やかな目で見ていた。
勝敗ではない。
才能でもない。
人が、どう変わったか。
それだけを、確かめるように。
副将戦。
トレ高2勝、かもめ1勝。
ここで勝負は、
ひとつの分岐点を迎える。




