第57話 温度差
大将戦の筐体は、中央に置かれていた。
照明が少しだけ明るい。
けれど、観客は静かだった。
盛り上がる理由が、見つからない。
派手な因縁も、煽る言葉もない。
ただ。
二人とも、立っている。
「……お願いします」
人生モブ吉が、軽く頭を下げた。
「……ええ」
銀泉舞子も、同じように応える。
その所作に、差はない。
だが――
内側は、まるで違った。
⸻
舞子は、筐体を見つめる。
箱の角。
重心。
橋の幅。
(……わたくしには)
(特別な才能はありません)
それを、ずっと前から知っている。
だから。
凛を見上げた。
届かない背中を、追った。
血豆が潰れても、構わなかった。
ネイルが割れても、構わなかった。
登らなければ、何も見えない壁だったから。
(……超えたい)
理由は、単純だった。
自分が、ここに立っていることを、
否定したくなかった。
⸻
一方。
モブ吉は、筐体の前で、肩の力を抜いていた。
箱は、そこにある。
取れれば、いい。
取れなければ、それでもいい。
(……すごい人だな)
舞子の立ち方を見て、思う。
(……努力の人)
自分は、違う。
壁は、見えていた。
でも、登ろうとはしなかった。
遠くから眺めていた。
(……超えられたら、いいな)
それくらいの距離感。
それで、困ったことはなかった。
⸻
『――大将戦、開始』
合図。
先攻は、モブ吉。
一手目。
無駄のない操作。
箱が、わずかに動く。
「……悪くない」
誰かが、呟く。
二手目。
位置を微調整。
落ちない。
モブ吉は、焦らない。
(……まあ)
(こんなものだ)
負けても、自分が消えるわけじゃない。
その温度が、手に伝わる。
⸻
舞子の番。
一手目。
刺し回し。
角に、正確に入る。
箱が、回る。
「……きれい」
観客席から、静かな声。
舞子は、止まらない。
二手目。
同じ位置。
同じ角度。
回転が、深くなる。
(……まだ)
(……まだ、足りませんわ)
三手目。
指先に、かすかな痛み。
合宿の夜。
潰れた血豆。
その感覚が、よみがえる。
押す。
箱が、リーチの形を整えた
歓声は、小さい。
でも、確かだった。
⸻
モブ吉は、少しだけ目を見開いた。
(……登ってる)
あの人は。
今も。
壁の途中にいる。
⸻
モブ吉の三手目。
モブ吉は、丁寧に動かす。
悪くない。
決して、下手ではない。
だが。
一手足りない。
箱は、橋の上に留まる。
「……惜しい」
誰かが言う。
モブ吉は、笑った。
(……やっぱり決めきれないか)
⸻
舞子の番。
迷いは、ない。
(……努力は)
(壁を、動かしますの)
リーチの形からのちゃぶ台返し。
ゴトンッ
落下。
『トレトレ高校!四手目獲得!』
銀泉四手獲得、モブ吉現在三手使用
会場が、ざわつく。
だが、モブ吉は崩れない。
⸻
最後の一手。
モブ吉は、深呼吸した。
妹の顔が、浮かぶ。
「……いってきます」
誰に言うでもなく、そう呟く。
ここで取れたら延長戦。
一旦仕切り直す。
まだ。
壁は、越えない。今は超えなくていい。
モブ吉は、決めた。
無理をしない。
無難に落として延長戦。
(……それでいい)
アーム操作
斜めにハマった形から箱の背中側の角を
アームで撫でにいった。
無難な取り方、それが自分の取り方だと
言い聞かせる。
「冒険はしない。」
しかし箱の角を撫でるアームは
無情にも空を切った。
(あぁ、負けか。)
そう思ったモブ吉の目に移った景品箱
見覚えのある斜めにハマった形、いつか妹に取った時
今思えばあの時と同じ形だった。
「あの時はたしか、押したんだよなぁ…」
『――勝者、トレトレ高校!銀泉!』
⸻
一瞬の静寂。
そして、拍手。
大きくはない。
けれど、確かに向けられている。
⸻
舞子は、深く息を吐いた。
勝った。
でも。
相手を、否定した感覚はない。
モブ吉は、舞子を見て、笑った。
「……すごいですね」
「……いいえ」
舞子は、首を振る。
「ただ、必死でしたの」
モブ吉は、頷く。
「僕は」
少し考えてから。
「最後押せなかった。」
「……え?」
「壁」
モブ吉は、静かに言う。
「登る勇気、なかったので」
舞子は、少しだけ驚いた顔をしたあと、
柔らかく微笑んだ。
「……それでも」
「ここに立った」
モブ吉は、肩をすくめる。
「はい」
「それで、十分です」
⸻
控席。
「……なるほど」
針千が、腕を組む。
「温度差か」
「うん」
晴谷が頷く。
「努力は、才能になる」
「でも」
続ける。
「肯定は、負けにならない」
すきは、二人の背中を見ていた。
壁を登った者。
壁を見続けた者。
どちらも、
間違ってはいなかった。
二回戦は、終わった。
次は、
もっと熱い壁が、待っている。




