表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くれげの世界  作者: ぐろ
58/62

第57話 温度差


 大将戦の筐体は、中央に置かれていた。


 照明が少しだけ明るい。

 けれど、観客は静かだった。


 盛り上がる理由が、見つからない。

 派手な因縁も、煽る言葉もない。


 ただ。


 二人とも、立っている。


「……お願いします」

 人生モブ吉が、軽く頭を下げた。


「……ええ」

 銀泉舞子も、同じように応える。


 その所作に、差はない。

 だが――


 内側は、まるで違った。



 舞子は、筐体を見つめる。


 箱の角。

 重心。

 橋の幅。


(……わたくしには)


(特別な才能はありません)


 それを、ずっと前から知っている。


 だから。


 凛を見上げた。

 届かない背中を、追った。


 血豆が潰れても、構わなかった。

 ネイルが割れても、構わなかった。


 登らなければ、何も見えない壁だったから。


(……超えたい)


 理由は、単純だった。


 自分が、ここに立っていることを、

 否定したくなかった。



 一方。


 モブ吉は、筐体の前で、肩の力を抜いていた。


 箱は、そこにある。

 取れれば、いい。

 取れなければ、それでもいい。


(……すごい人だな)


 舞子の立ち方を見て、思う。


(……努力の人)


 自分は、違う。


 壁は、見えていた。

 でも、登ろうとはしなかった。


 遠くから眺めていた。


(……超えられたら、いいな)


 それくらいの距離感。


 それで、困ったことはなかった。



『――大将戦、開始』


 合図。


 先攻は、モブ吉。


 一手目。

 無駄のない操作。


 箱が、わずかに動く。


「……悪くない」

 誰かが、呟く。


 二手目。

 位置を微調整。


 落ちない。


 モブ吉は、焦らない。


(……まあ)


(こんなものだ)


 負けても、自分が消えるわけじゃない。


 その温度が、手に伝わる。



 舞子の番。


 一手目。


 刺し回し。


 角に、正確に入る。


 箱が、回る。


「……きれい」

 観客席から、静かな声。



 舞子は、止まらない。


 二手目。

 同じ位置。

 同じ角度。


 回転が、深くなる。


(……まだ)


(……まだ、足りませんわ)


 三手目。


 指先に、かすかな痛み。


 合宿の夜。

 潰れた血豆。


 その感覚が、よみがえる。


 押す。


 箱が、リーチの形を整えた




 歓声は、小さい。

 でも、確かだった。



 モブ吉は、少しだけ目を見開いた。


(……登ってる)


 あの人は。

 今も。


 壁の途中にいる。



 モブ吉の三手目。


 モブ吉は、丁寧に動かす。


 悪くない。

 決して、下手ではない。


 だが。


 一手足りない。


 箱は、橋の上に留まる。


「……惜しい」

 誰かが言う。


 モブ吉は、笑った。


(……やっぱり決めきれないか)





 舞子の番。


 迷いは、ない。


(……努力は)


(壁を、動かしますの)


 リーチの形からのちゃぶ台返し。


ゴトンッ



 落下。


『トレトレ高校!四手目獲得!』


 銀泉四手獲得、モブ吉現在三手使用


 会場が、ざわつく。


 だが、モブ吉は崩れない。



 最後の一手。


 モブ吉は、深呼吸した。


 妹の顔が、浮かぶ。


「……いってきます」


 誰に言うでもなく、そう呟く。


 ここで取れたら延長戦。


 一旦仕切り直す。


 まだ。


 壁は、越えない。今は超えなくていい。


 モブ吉は、決めた。


 無理をしない。

 無難に落として延長戦。


(……それでいい)


 アーム操作


斜めにハマった形から箱の背中側の角を

アームで撫でにいった。


無難な取り方、それが自分の取り方だと

言い聞かせる。


「冒険はしない。」


しかし箱の角を撫でるアームは

無情にも空を切った。


(あぁ、負けか。)


そう思ったモブ吉の目に移った景品箱


見覚えのある斜めにハマった形、いつか妹に取った時


今思えばあの時と同じ形だった。


「あの時はたしか、押したんだよなぁ…」




『――勝者、トレトレ高校!銀泉!』



 一瞬の静寂。


 そして、拍手。


 大きくはない。

 けれど、確かに向けられている。



 舞子は、深く息を吐いた。


 勝った。


 でも。


 相手を、否定した感覚はない。


 モブ吉は、舞子を見て、笑った。


「……すごいですね」


「……いいえ」

 舞子は、首を振る。

「ただ、必死でしたの」


 モブ吉は、頷く。


「僕は」

 少し考えてから。

「最後押せなかった。」


「……え?」


「壁」

 モブ吉は、静かに言う。

「登る勇気、なかったので」


 舞子は、少しだけ驚いた顔をしたあと、

 柔らかく微笑んだ。


「……それでも」

「ここに立った」


 モブ吉は、肩をすくめる。


「はい」

「それで、十分です」



 控席。


「……なるほど」

 針千が、腕を組む。

「温度差か」


「うん」

 晴谷が頷く。

「努力は、才能になる」


「でも」

 続ける。

「肯定は、負けにならない」


 すきは、二人の背中を見ていた。


 壁を登った者。

 壁を見続けた者。


 どちらも、

 間違ってはいなかった。


 二回戦は、終わった。


 次は、

 もっと熱い壁が、待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ