第56話 モブ
人生モブ吉は、昔から端っこにいた。
整列するときは、後ろ。
集合写真では、端。
前に出る理由が、なかった。
運動会。
綱引き、玉入れ。
「まあ、無難でいいだろ」
先生はそう言ったし、
モブ吉自身も、特に不満はなかった。
主役は、向いていない。
そう思っていた。
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テストの順位表。
名前は、真ん中あたり。
悪くもない。
良くもない。
「……まあ、こんなもんだよな」
それで十分だった。
誰かに負けても、
誰かに勝っても、
自分の価値が変わる気は、しなかった。
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修学旅行。
班決め。
「モブ吉、どこ入る?」
「どこでもいいよ」
本当に、どこでもよかった。
どの班でも、
同じように笑って、
同じように写真を撮って、
同じように終わる。
それが、普通。
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家では、兄だった。
年の離れた妹が、一人。
「お兄ちゃん」
その呼び方だけで、十分だった。
特別じゃなくていい。
目立たなくていい。
家に帰れば、
ちゃんと居場所はあった。
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ある日。
妹と、たまたま寄ったゲームセンター。
「ねえ、これ」
指をさしたのは、
ショーケースの中のフィギュアだった。
「欲しい」
「……取れないよ」
モブ吉は、苦笑する。
「こういうの」
妹は、唇を噛んだ。
「……一回だけ」
目が、潤む。
「……百円だけな」
そう言って、コインを入れた。
本当に、取れるとは思っていなかった。
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箱は、斜めに引っかかっていた。
前の人が、途中でやめた配置。
「……変な置き方」
モブ吉は、画面を見る。
そのとき。
後ろから声がした。
「――そのまま、押してみなさい」
「……え?」
名前も知らない店員さん。
でも。
(……まあ、いいか)
言われた通りに、動かした。
アームが降りる。
箱に触れる。
――落ちた。
「……え?」
妹が、固まる。
次の瞬間。
「お兄ちゃん!!」
飛びついてきた。
「すごい!」
「ヒーローみたい!」
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
それは、
初めて“主役になった瞬間”だった。
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それ以来。
モブ吉は、クレーンゲームをやるようになった。
理由は、単純だ。
勝ちたいわけじゃない。
目立ちたいわけでもない。
ただ。
(……あの感じ)
もう一度、味わいたかった。
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練習しても、派手にはならなかった。
動画も、研究しなかった。
ただ、台に立って、
置いてあるものを見る。
「……ここか」
取れたら、嬉しい。
取れなくても、納得できる。
それで、よかった。
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高校。
部活勧誘。
どこも、眩しかった。
「全国目指そう!」
「主役になろう!」
どれも、違った。
そんなとき。
見つけたのが、
クレーンゲーム部だった。
誰も、叫んでいない。
誰も、煽っていない。
ただ、台の前に立っている。
(……ここなら)
そう思った。
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大会。
控席。
モブ吉は、ネクタイを直す。
「……普通でいい」
それが、口癖だった。
でも。
モニターに映るスコア。
2対2
大将戦。
相手の名前。
――銀泉舞子。
(……華があるな)
見ただけで、分かった。
自分とは、違う。
けれど。
(……それでも)
立ちたいと思った。
主役じゃなくてもいい。
勝たなくても、いい。
それでも。
ここに立つ理由は、ある。
係員が、声をかける。
「大将戦、準備をお願いします」
モブ吉は、軽く頷いた。
「はい」
短い返事。
けれど。
その背中は、
誰よりも真っ直ぐだった




