第55話 失くした目標
翌日、大会2日目
二回戦トレ高VS脇高は
既に4試合が終わっていた。
会場のモニターに、現在のスコアが表示されている。
トレトレ高校 2
脇役高校 2
「……並びましたね」
針千が、静かに言う。
先鋒、次鋒、副将――
どの試合も、大きなドラマはなかった。
派手な逆転も。
一方的な圧勝も。
ただ、淡々と勝ち、淡々と負けた。
「静かな試合ばっかだったね」
沙希が、腕を組む。
「うん」
凛が頷く。
「どっちも、崩れなかった」
だからこそ。
この形に、落ち着いた。
『――大将戦を行います』
アナウンスが、会場に響く。
『トレトレ高校、大将――
銀泉 舞子』
舞子が、静かに立ち上がる。
派手な動きはない。
けれど、背筋は真っ直ぐだった。
『脇役高校、大将――
人生 モブ吉』
反対側から、一人の男子が前に出る。
特別なオーラはない。
緊張も、気負いも、見えない。
「……本当に」
豚田が、小さく呟く。
「普通の人ですね、ブヒ」
「それが」
晴谷が答える。
「一番、強い」
舞子は、二人分の距離を見つめながら、
ふっと息を吐いた。
(……まさか)
(こんな形で)
(わたくしが、大将になるなんて)
⸻
――中学時代。
氷の上は、いつも冷たかった。
リンクに立つたび、
舞子は同じ背中を見ていた。
雨瑠凛。
正確で、無駄がなく、
感情の揺れない滑り。
(……きれい)
憧れた。
本気で。
同時に――
勝ちたいと思った。
どれだけ練習しても、結果は変わらない。
一位雨瑠凛
二位銀泉舞子
三位
凛の名前の下に、いつも自分がいる。
それが、当たり前だった。
⸻
ある大会前。
舞子は、はっきりと感じていた。
(……今回は)
(届くかもしれませんわ)
体のキレ。
ジャンプの高さ。
回転。
すべてが、噛み合っていた。
初めて、
「勝つ」という言葉を、現実として思い描けた。
だが。
大会当日。
凛の姿は、なかった。
怪我。
引退。
理由は聞いた。
理解もした。
それでも。
(……わたくしは)
(どこへ、行けばよろしいの?)
越えたかった壁は、
壊れたのではなく――
消えた。
⸻
高校。
入学式のあと。
見覚えのある立ち姿
「……?」
振り向いた、その人は、
確かに雨瑠凛だった。
かつて憧れ超えたいと願った壁
追いかけ覗いた部室で見た
(……クレーンゲーム?)
怪我で引退した凛は、まだ何かを掴もうとしていた。
舞子の胸が、わずかに鳴った。
(……まだ)
(勝てる場所が、あるかもしれない)
⸻
部室。
舞子は、紅茶を飲みながら、
皆のプレイを眺めていた。
針千が「ここいつから喫茶店になったの!?」
とかなんとか言っていたが舞子には聞こえない
沙希の安定。
凛の理論。
すきの直感。
――真似をする。
けれど、届かない。
同じ動きをしても、
同じ結果にはならない。
(……才能、ですのね)
一度、そう思った。
それでも。
諦める理由には、ならなかった。
⸻
「晴谷先生」
合宿初日、舞子は自分から声をかけた。
「合宿のメニューを」
少しだけ、間を置く。
「さらに倍にしてくださいませ」
驚いた顔。
止める言葉。
それらを、すべて断った。
ネイルの下に、血豆ができた。
潰れた。
「構いませんわ」
舞子は、自分に言い聞かせるように言った
「むしろ」
指先を見る。
「……努力できる場所を、
やっと見つけられましたの」
⸻
そして。
何度目かの夜。
箱の角に、指が触れた。
押す。
回る。
――落ちる。
(……あ)
偶然じゃない。
再現でもない。
積み重ねた時間が、形になった。
刺し回し。
舞子は、初めて笑った。
(……これが)
(わたくしの、技)
⸻
現在。
舞子は、筐体の前に立つ。
向かいには、人生モブ吉。
彼は、軽く会釈した。
「よろしくお願いします」
舞子も、応える。
「……ええ」
小さく。
「全力で」
勝ちたい。
理由は、もうはっきりしている。
誰かを越えるためじゃない。
努力してきた自分を、
置き去りにしないために。
大将戦。
静かな決着が、
今から始まる。




