第54話 影
試合後の控室は、思ったより静かだった。
歓声は、もう遠い。
ドア一枚隔てただけなのに、別の世界みたいだ。
「……勝ったね」
沙希が、ようやく口を開く。
「うん」
凛が頷く。
「完勝」
「ブヒ……」
豚田は、椅子に深く座り込んでいた。
「まだ、足がふわふわしてます」
「それは主役の後遺症だな」
針千が、半分冗談みたいに言う。
豚田は、少し困ったように笑った。
「……主役って」
小さく呟く。
「慣れないですね、ブヒ」
誰も、否定しなかった。
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晴谷は、控室の隅でパンフレットをめくっていた。
「次は」
顔を上げる。
「二回戦だ」
空気が、自然と締まる。
「一回戦とは、違う」
晴谷は続けた。
「派手さも、因縁もない」
「……じゃあ、何があるんですか?」
針千が聞く。
「静かさだ」
全員が、首をかしげる。
「相手は」
晴谷は、ページを示した。
「脇役高校」
名前を聞いても、誰も反応しない。
「聞いたこと、ない」
沙希が言う。
「だろ」
晴谷は頷く。
「それが、特徴だ」
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会場の別の一角。
脇役高校の控室。
特別な装飾も、派手な声もない。
普通の椅子に、普通の高校生たち。
その中央に、一人だけ立っている。
人生モブ吉。
鏡の前で、ネクタイを直していた。
「……よし」
声は小さい。
でも、揺れていない。
「モブ吉さん緊張してます?」
後輩が、軽く聞く。
「してないよ」
モブ吉は、すぐに答えた。
「いつも通り」
それは、嘘じゃなかった。
勝ちたいとも。
目立ちたいとも。
特別、思っていない。
ただ。
(……あれ)
会場のモニターに、さっきの試合のリプレイが流れる。
豚田の動き。
独特の間。
観客の歓声。
モブ吉は、少しだけ目を細めた。
(……いいな)
羨ましい、とは違う。
(……ああいうのも、ありか)
そんな感想だった。
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控室で、晴谷が言った。
「次は、銀泉だ」
「……またですの?」
舞子が、少し驚く。
「違う意味で、必要だ」
晴谷は、短く答えた。
「相手は」
続ける。
「崩れない」
「……え?」
豚田が、顔を上げる。
「欲も、見栄もない」
晴谷は言う。
「だから、折れない」
凛が、静かに理解する。
「……勝っても」
「負けても」
「自分を否定しないタイプ」
「そうだ」
晴谷は頷く。
「一番、やりにくい」
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その夜。
宿舎の自室。
豚田は、ベッドに寝転びながら天井を見ていた。
さっきまでの歓声が、まだ耳に残っている。
(……主役)
その言葉を、頭の中で転がす。
悪くなかった。
でも。
(……ずっと、じゃなくていい)
そう思えたことが、少しだけ嬉しかった。
机の上。
萌たんのキーホルダーが、静かに揺れている。
「……ありがとう、ブヒ」
誰にともなく呟いて、目を閉じた。
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別の部屋。
モブ吉は、妹からのメッセージを見ていた。
『お兄ちゃん、がんばってね!』
短い文。
スタンプ一つ。
「……うん」
返信は、それだけ。
でも。
画面を閉じたあと、
ほんの少しだけ、背筋が伸びた。
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二回戦。
派手な因縁はない。
大きな声も、叫びもない。
ただ。
主役じゃない者たちが、
静かに、同じ舞台に立とうとしていた




