第53話 萌える男 豚田武
『――中堅戦、開始!』
合図と同時に、会場の空気が少しだけ跳ねた。
成美高校の中堅が、先に動く。
無駄のない立ち方。慣れた操作。
「よし」
男子が小さく頷く。
「ロリ子のために――」
その言葉が、観客のざわめきに溶けた。
一手目。
角度は悪くない。
箱が、わずかに動く。
「……いける」
だが、落ちない。
会場が、静かに息を吸う。
⸻
豚田の番。
前に出ると、ざわつきが一段大きくなる。
「……あの子、誰?」
「地味じゃない?」
「動き、遅くね?」
豚田は、何も答えない。
ただ、深く息を吸う。
「……ブヒ」
視線を、筐体に落とす。
アーム。
箱。
重心。
そして――
胸の奥に、リズム。
トン。
トン。
操作が、入る。
「……え?」
観客の誰かが、声を漏らした。
早くない。
遅くもない。
間が、独特だった。
アームが降りる。
触れる。
押す。
「なんだあの動き?」
「オタ芸……みたいな?」
箱が、少しだけ回る。
落ちない。
豚田は、眉一つ動かさない。
トン。
トン。
二手目。
同じリズム。
同じ間。
今度は、角が浮いた。
「……あれ?」
「なんで、今?」
理論でも、技でもない。
異物。
箱が、ずれる。
縁に、かかる。
「――おお……」
小さな歓声。
財前ロリ子が、身を乗り出す。
「……なにやってるの」
「ちゃんと、取ってよ!」
三手目。
豚田は、初めてほんの少しだけ力を抜いた。
トン。
トン。
一拍遅れて、会場がざわつく。
「あいつ変なうごきだけど」
「なんか取れそうじゃね?」
成美高校中堅の表情が、強ばる。
「……まだだ」
「次、絶対――」
だが。
豚田は、もう次のテンポを刻んでいた。
⸻
四手目。
リズムは、変わらない。
トン。
トン。
観客の中で、誰かが気づく。
「……あ」
「音だ」
「操作、音楽みたいじゃない?」
アームが降りる。
押す。
回す。
箱が、転がる。
リーチの形に仕上がる
「――え?」
成美側が、ざわつく。
「ちょ、待て」
「おかしいだろ!」
財前ロリ子が、ハンカチを強く噛む。
「……負けないで」
「お願いだから……!」
最後の一手。
会場が、静まる。
豚田は、少しだけ目を閉じた。
光。
歓声。
あの夜。
――萌たん。
トン。
トン。
トン。トントンットントトンッ
アームが、降りる。
触れる。
止まらない。
そのまま。
落ちる。
ゴトンッ
『勝者、トレトレ高校!豚田!』
一瞬の静寂。
そして。
「うおおおお!」
「なに今の!?」
「オタ芸が、全部持ってった!」
歓声が、遅れて爆発した。
⸻
財前ロリ子が、崩れ落ちた。
ハンカチを噛みしめ、肩を震わせる。
「……なんで」
「私が……」
豚田は、ゆっくり振り向いた。
逃げない。
目を逸らさない。
「……たしかに」
一拍。
「中学のとき、あなたが好きでした」
ロリ子の肩が、びくりと揺れる。
「でも」
豚田は、静かに言う。
「今は――」
はっきりと。
「あなたじゃ、萌えない。」
言葉は、震えていなかった。
⸻
控席。
「……すげえ」
針千が、呆然と呟く。
「主役だったね」
沙希が、笑う。
「うん」
凛が、短く頷いた。
晴谷は、腕を組んだまま言った。
「だから」
一言。
「中堅に置いた」
豚田は、頭をかいた。
「……ブヒ」
「なんか……」
少しだけ照れて。
「疲れました」
すきは、豚田の背中を見ていた。
声にしなくても。
説明しなくても。
確かに、そこに成長があった。
1回戦は、終わった。
大会は、まだ続く。
でも。
この日、
豚田武は――
確かに主役だった。




