第50話 負ける気がしないぶひ
開会式が終わり、ホールは再びざわつきを取り戻していた。
だが、さっきまでとは違う。
今度のざわめきは、
期待と警戒が、同じ場所に混ざった音だった。
「……なんか」
豚田が、落ち着かない様子で周囲を見回す。
「空気、重くないですかぶひ」
「そりゃね」
沙希が肩をすくめる。
「全員、ここに“取りに来てる”から」
優勝カップ。
最新クレーンゲーム本体。
もう、ただの思い出作りじゃない。
⸻
そのときだった。
通路の向こうが、妙にざわついた。
「……なんか来た」
針千が、低く言う。
人だかりの中心。
ふわりと広がるスカート。
黒と白を基調にした、過剰なほどのフリル。
「……ゴスロリ?」
舞子が、思わず呟く。
少女は、当然のように中央を歩いていた。
自分が視線を集めていることを、疑いもしない足取り。
――財前ロリ子。
成美高校のリーダー。
「ぶひ……?」
豚田の声が、わずかに震えた。
次の瞬間。
「今日もちゃんと取ってよぉ〜?」
甘ったるい声。
だが、響いた言葉は鋭かった。
「配置、ちゃんと確認してって言ったよね?」
「“私が取る”って思われたら困るんだけど」
「ご、ごめん!」
「今すぐ、確認する!」
ロリ子の周囲にいた男子たちが、一斉に動く。
誰も、逆らわない。
誰も、疑問を持たない。
「……あれ」
凛が、小さく眉をひそめる。
「チーム?」
「というか」
針千が、目を細めた。
「“姫”だな」
ロリ子は、満足そうに頷くと、ふと顔を上げた。
視線が――
トレ高の面々を、なぞる。
一瞬。
その目が、豚田で止まった。
「……あ」
間の抜けた、短い声。
ロリ子は、数歩近づいてくる。
「……あんた」
首を傾げる。
「どっかで見たことある」
豚田の喉が、鳴った。
「……中学の」
声が、うまく出ない。
「同じクラス、でした」
一拍。
ロリ子は、目を見開き――
次の瞬間、笑った。
「あー!」
手を叩く。
「いたいた、そんな人!」
そんな人。
「えっと……」
わざとらしく考えてから。
「ブタ……だっけ?」
周囲の男子が、くすりと笑う。
豚田の耳が、熱くなる。
「……財前、さん」
やっとの思いで言葉を絞り出す。
「覚えて、ないですか」
「んー?」
ロリ子は、興味なさそうに首を振った。
「ごめん。告白とか、毎月されてたから」
――告白。
沙希が、ぴたりと動きを止める。
凛が、豚田を見る。
舞子が、拳を握る。
「でも」
ロリ子は、にこっと笑った。
「大会で会えたのは、運命かも?」
「ねえ」
ぐっと距離を詰める。
「今日、あんた試合出るの?」
「……え?」
「負けてくれるでしょ?」
当然のように言う。
その言葉に。
豚田の胸の奥で、何かがきしんだ。
(……ああ)
思い出す。
中学のとき。
勇気を振り絞って言った言葉。
――好きです。
返事は、なかった。
ただ、今日と同じ笑顔だった。
「……ロリ子」
背後から、男子の一人が言う。
「俺が、全部取るから」
「当然でしょ」
ロリ子は振り返りもせず言った。
「私が、負けるわけないんだから」
その瞬間。
すきが、静かに口を開いた。
「……クレーン」
視線は、ロリ子ではなく。
「一度も、触ってないですよね」
空気が、止まった。
ロリ子は、ゆっくり振り向く。
「……はぁ?」
「財前さん」
すきは、淡々と続ける。
「あなたのチームに負ける気しない」
「……何それ」
ロリ子の笑顔が、わずかに歪む。
「悪口?」
「事実です」
すきは、引かない。
一瞬。
ロリ子は、肩をすくめた。
「まあ、いいや」
くるりと背を向ける。
「勝てば、全部同じだし」
「ね?」
振り返り、豚田を見る。
「あんたも、ちゃんと応援してよ」
去っていく背中。
残された空気は、重かった。
⸻
「……最低だな」
針千が、ぽつりと言う。
「うん」
沙希も、珍しく即答した。
豚田は、俯いたままだった。
「……でも」
絞り出すように言う。
「俺、分かりましたブヒ」
顔を上げる。
目は、もう逃げていない。
「俺が好きだったのは」
一度、息を吸う。
「……ああいう人じゃなかった」
すきが、隣に立つ。
「……行ける?」
「はい」
豚田は、はっきり頷いた。
「今度は、“自分の好き”で、取りますぶひ」
アナウンスが、響く。
『――第一試合、準備を開始してください』
成美高校。
トレトレ高校。
1回戦。
それぞれの理由が、ぶつかる。




