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くれげの世界  作者: ぐろ
51/62

第50話 負ける気がしないぶひ

開会式が終わり、ホールは再びざわつきを取り戻していた。


 だが、さっきまでとは違う。


 今度のざわめきは、

 期待と警戒が、同じ場所に混ざった音だった。


「……なんか」

 豚田が、落ち着かない様子で周囲を見回す。

「空気、重くないですかぶひ」


「そりゃね」

 沙希が肩をすくめる。

「全員、ここに“取りに来てる”から」


 優勝カップ。

 最新クレーンゲーム本体。


 もう、ただの思い出作りじゃない。



 そのときだった。


 通路の向こうが、妙にざわついた。


「……なんか来た」

 針千が、低く言う。


 人だかりの中心。


 ふわりと広がるスカート。

 黒と白を基調にした、過剰なほどのフリル。


「……ゴスロリ?」

 舞子が、思わず呟く。


 少女は、当然のように中央を歩いていた。

 自分が視線を集めていることを、疑いもしない足取り。


 ――財前ロリ(ざいぜんろりこ)


 成美高校(なるみこうこう)のリーダー。


「ぶひ……?」

 豚田の声が、わずかに震えた。


 次の瞬間。


「今日もちゃんと取ってよぉ〜?」


 甘ったるい声。


 だが、響いた言葉は鋭かった。


「配置、ちゃんと確認してって言ったよね?」

「“私が取る”って思われたら困るんだけど」


「ご、ごめん!」

「今すぐ、確認する!」


 ロリ子の周囲にいた男子たちが、一斉に動く。


 誰も、逆らわない。

 誰も、疑問を持たない。


「……あれ」

 凛が、小さく眉をひそめる。

「チーム?」


「というか」

 針千が、目を細めた。

「“姫”だな」


 ロリ子は、満足そうに頷くと、ふと顔を上げた。


 視線が――

 トレ高の面々を、なぞる。


 一瞬。


 その目が、豚田で止まった。


「……あ」


 間の抜けた、短い声。


 ロリ子は、数歩近づいてくる。


「……あんた」

 首を傾げる。

「どっかで見たことある」


 豚田の喉が、鳴った。


「……中学の」

 声が、うまく出ない。

「同じクラス、でした」


 一拍。


 ロリ子は、目を見開き――

 次の瞬間、笑った。


「あー!」

 手を叩く。

「いたいた、そんな人!」


 そんな人。


「えっと……」

 わざとらしく考えてから。

「ブタ……だっけ?」


 周囲の男子が、くすりと笑う。


 豚田の耳が、熱くなる。


「……財前、さん」

 やっとの思いで言葉を絞り出す。

「覚えて、ないですか」


「んー?」

 ロリ子は、興味なさそうに首を振った。

「ごめん。告白とか、毎月されてたから」


 ――告白。


 沙希が、ぴたりと動きを止める。


 凛が、豚田を見る。


 舞子が、拳を握る。


「でも」

 ロリ子は、にこっと笑った。

「大会で会えたのは、運命かも?」


「ねえ」

 ぐっと距離を詰める。

「今日、あんた試合出るの?」


「……え?」


「負けてくれるでしょ?」

 当然のように言う。



 その言葉に。


 豚田の胸の奥で、何かがきしんだ。


(……ああ)


 思い出す。


 中学のとき。

 勇気を振り絞って言った言葉。


 ――好きです。


 返事は、なかった。


 ただ、今日と同じ笑顔だった。


「……ロリ子」

 背後から、男子の一人が言う。

「俺が、全部取るから」


「当然でしょ」

 ロリ子は振り返りもせず言った。

「私が、負けるわけないんだから」


 その瞬間。


 すきが、静かに口を開いた。


「……クレーン」

 視線は、ロリ子ではなく。

「一度も、触ってないですよね」


 空気が、止まった。


 ロリ子は、ゆっくり振り向く。


「……はぁ?」


「財前さん」

 すきは、淡々と続ける。

「あなたのチームに負ける気しない」


「……何それ」

 ロリ子の笑顔が、わずかに歪む。

「悪口?」


「事実です」

 すきは、引かない。


 一瞬。


 ロリ子は、肩をすくめた。


「まあ、いいや」

 くるりと背を向ける。

「勝てば、全部同じだし」


「ね?」

 振り返り、豚田を見る。

「あんたも、ちゃんと応援してよ」


 去っていく背中。


 残された空気は、重かった。



「……最低だな」

 針千が、ぽつりと言う。


「うん」

 沙希も、珍しく即答した。


 豚田は、俯いたままだった。


「……でも」

 絞り出すように言う。

「俺、分かりましたブヒ」


 顔を上げる。


 目は、もう逃げていない。


「俺が好きだったのは」

 一度、息を吸う。

「……ああいう人じゃなかった」


 すきが、隣に立つ。


「……行ける?」


「はい」

 豚田は、はっきり頷いた。

「今度は、“自分の好き”で、取りますぶひ」


 アナウンスが、響く。


『――第一試合、準備を開始してください』


 成美高校。

 トレトレ高校。


 1回戦。


 それぞれの理由が、ぶつかる。


 

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