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くれげの世界  作者: ぐろ
48/62

第47話 超えるか超えないか

 合宿三日目。


 空気が、少しだけ重かった。


 昨日の成功。

 昨日の手応え。

 それを、もう一度再現できるかどうか。


 ――合宿の後半は、そこから始まる。



 最初に異変が出たのは、凛だった。


 不規則箱。

 昨日と同じ台。

 同じ条件。


 一手目。


 ――外れる。


 二手目。


 修正。

 ――弾かれる。


 三手目。


 箱の中で、重心が大きく動いた。


「……」


 凛の眉が、ほんのわずかに寄る。


(昨日は、取れた)


 だからこそ。


 同じ結果を求めてしまう。


「……閉じるな」


 呟きは、誰にも聞こえなかった。


 だが、指先の力がわずかに強くなる。


 四手目。


 操作が、速い。


 ――失敗。


 晴谷が、声をかける。


「雨瑠」


「……分かっています」


 凛は、息を整えようとした。


 だが、頭の中では

 昨日の成功が、何度も再生されている。


(再現しないと)


 それが、罠だった。



 一方、沙希は筐体の前に立っていた。


 片アーム。

 安定しない台。


 いつものように、取ろうとすれば取れる。


 でも。


「……やめとこ」


 針千が目を見開く。


「え?」


「今日は、取らない」


 沙希は、アームから手を離した。


「海、冷たいんだもん」


「それ理由!?」


「理由」


 笑う。


「無理して入る場所じゃない気がした」


 晴谷は、何も言わなかった。


 越えない選択も、また覚悟だ。



 舞子は、昨日より静かだった。


 刺し回し。


 再現性は、まだ低い。


 それでも、狙いはぶれない。


 一手目。

 二手目。


 箱が、わずかに回る。


「……惜しい」


 血豆の痕が、まだ指に残っている。


 舞子は、歯を食いしばった。


(もう一回)


 だが、そこで手を止める。


 視線が、箱に戻る。


(……今は、違う)


 凛を見ない。


 結果を追わない。


 技の感触だけを確かめる。


 それが、舞子の選択だった。



 豚田は、萌たんの台の前にいた。


 昨日と同じテンポ。


 トン。

 トン。

 トン。


 ……合わない。


「……あれ?」


 リズムが、ずれる。


 焦りが、混じる。


「昨日みたいに、やろうとしてるな」


 晴谷が言う。


「……はい」


「それ、ノリじゃない」


 豚田は、深く息を吸った。


 もう一度、箱を見る。


 萌たんの笑顔。


(……好き)


 テンポが、戻る。


 トン。

 トン。


 結果は、落下しない。


 でも。


「……大丈夫です」


 自分で、そう言えた。


 それが、昨日との違いだった。



 すきは、ずっと見ていた。


 凛の焦り。

 沙希の撤退。

 舞子の抑制。

 豚田の修正。


(……越えるって)


 成功することじゃない。


 壊れずに、続けること。


 すきは、初めてはっきり理解した。


 扉の前で、

 何を選ぶか。



「一回、止めよう」


 晴谷が、全体に声をかける。


「今日は、ここまで」


 凛が顔を上げる。


「……まだ、できます」


「できるだろうな」

 晴谷は頷く。

「でも、今日はやらない」


 一歩、近づく。


「越える日と」

「越えない日を、間違えるな」


 凛は、ゆっくり息を吐いた。


「……はい」



 夕方。


 外に出た五人は、並んで空を見上げていた。


 雲が、ゆっくり流れていく。


「なんかさ」

 針千が言う。

「合宿っぽくなってきたよね」


「今さら?」

 沙希が笑う。


 豚田が、小さく言う。


「……ブヒ」

「今のは?」

「満足です」


「分かりづらい!」



 すきは、手を胸に当てる。


 まだ、触っていない。

 でも。


 扉の前で立つ感覚は、

 確かに安定してきていた。


 晴谷が、空を見ながら言う。


「いい合宿だ」


 その言葉の意味を、

 五人はそれぞれ違う形で受け取っていた。


 越えた人。

 越えなかった人。


 でも。


 全員が、選んでいた。

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