第47話 超えるか超えないか
合宿三日目。
空気が、少しだけ重かった。
昨日の成功。
昨日の手応え。
それを、もう一度再現できるかどうか。
――合宿の後半は、そこから始まる。
⸻
最初に異変が出たのは、凛だった。
不規則箱。
昨日と同じ台。
同じ条件。
一手目。
――外れる。
二手目。
修正。
――弾かれる。
三手目。
箱の中で、重心が大きく動いた。
「……」
凛の眉が、ほんのわずかに寄る。
(昨日は、取れた)
だからこそ。
同じ結果を求めてしまう。
「……閉じるな」
呟きは、誰にも聞こえなかった。
だが、指先の力がわずかに強くなる。
四手目。
操作が、速い。
――失敗。
晴谷が、声をかける。
「雨瑠」
「……分かっています」
凛は、息を整えようとした。
だが、頭の中では
昨日の成功が、何度も再生されている。
(再現しないと)
それが、罠だった。
⸻
一方、沙希は筐体の前に立っていた。
片アーム。
安定しない台。
いつものように、取ろうとすれば取れる。
でも。
「……やめとこ」
針千が目を見開く。
「え?」
「今日は、取らない」
沙希は、アームから手を離した。
「海、冷たいんだもん」
「それ理由!?」
「理由」
笑う。
「無理して入る場所じゃない気がした」
晴谷は、何も言わなかった。
越えない選択も、また覚悟だ。
⸻
舞子は、昨日より静かだった。
刺し回し。
再現性は、まだ低い。
それでも、狙いはぶれない。
一手目。
二手目。
箱が、わずかに回る。
「……惜しい」
血豆の痕が、まだ指に残っている。
舞子は、歯を食いしばった。
(もう一回)
だが、そこで手を止める。
視線が、箱に戻る。
(……今は、違う)
凛を見ない。
結果を追わない。
技の感触だけを確かめる。
それが、舞子の選択だった。
⸻
豚田は、萌たんの台の前にいた。
昨日と同じテンポ。
トン。
トン。
トン。
……合わない。
「……あれ?」
リズムが、ずれる。
焦りが、混じる。
「昨日みたいに、やろうとしてるな」
晴谷が言う。
「……はい」
「それ、ノリじゃない」
豚田は、深く息を吸った。
もう一度、箱を見る。
萌たんの笑顔。
(……好き)
テンポが、戻る。
トン。
トン。
結果は、落下しない。
でも。
「……大丈夫です」
自分で、そう言えた。
それが、昨日との違いだった。
⸻
すきは、ずっと見ていた。
凛の焦り。
沙希の撤退。
舞子の抑制。
豚田の修正。
(……越えるって)
成功することじゃない。
壊れずに、続けること。
すきは、初めてはっきり理解した。
扉の前で、
何を選ぶか。
⸻
「一回、止めよう」
晴谷が、全体に声をかける。
「今日は、ここまで」
凛が顔を上げる。
「……まだ、できます」
「できるだろうな」
晴谷は頷く。
「でも、今日はやらない」
一歩、近づく。
「越える日と」
「越えない日を、間違えるな」
凛は、ゆっくり息を吐いた。
「……はい」
⸻
夕方。
外に出た五人は、並んで空を見上げていた。
雲が、ゆっくり流れていく。
「なんかさ」
針千が言う。
「合宿っぽくなってきたよね」
「今さら?」
沙希が笑う。
豚田が、小さく言う。
「……ブヒ」
「今のは?」
「満足です」
「分かりづらい!」
⸻
すきは、手を胸に当てる。
まだ、触っていない。
でも。
扉の前で立つ感覚は、
確かに安定してきていた。
晴谷が、空を見ながら言う。
「いい合宿だ」
その言葉の意味を、
五人はそれぞれ違う形で受け取っていた。
越えた人。
越えなかった人。
でも。
全員が、選んでいた。




