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くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
45/76

第44話 扉とは


 合宿所は、思っていたより静かな場所だった。


 山に囲まれた古い温泉旅館。

 ロビーには年季の入ったソファと、自販機が一台。

 そして――


「……ある」


 沙希が指をさす。


 隅に置かれた、クレーンゲーム筐体4台。


 ただし。


「この1台、アーム、片方しかない」

 針千が言う。


「しかも」

 凛が補足する。

「通常の箱景品に橋渡し設定……」


「え、なにそれ」

「嫌な予感しかしない」


 晴谷は、何も言わずに笑っていた。



「じゃあ、始めようか」


 全員が集まったところで、晴谷が口を開く。


「ここでは」

 軽い口調。

「今までの“勝ち方”は禁止」


「禁止?」

 沙希が聞き返す。


「そう」

 晴谷は筐体を指す。

「それぞれ、課題がある」


 空気が、少しだけ張る。



「まず、昏華」


 すきは、びくっと肩を揺らした。


「君は」

 晴谷は言う。

「基本触らない」


「……え?」


「クレーンゲーム」

「一切、プレイ禁止」


 針千が目を見開く。

「それ練習ですか!?」


「うん」

「鬼ですか?」


 晴谷は、すきを見る。


「君の課題は」

 少しだけ、声が落ちる。

「扉の安定と、解放だ」


 すきは、唾を飲む。


「フィギュアの声」

「未来予測」

「どっちも、不安定」


 頷くしかなかった。


「だから」

 晴谷は続ける。

「今日は“見る”」


「見る……?」


「他人のプレイを」

「徹底的に観察」


 すきの胸が、ざわつく。


「……分かりました」



「次、天秤」


「はいはい」


「君は」

 晴谷は言った。

「もう、扉は開いてる」


 沙希の表情が、少しだけ止まる。


「でも」

 続ける。

「中に入ってない」


「……え?」


「君の扉の中」

 晴谷は、少し間を置く。

「中は人によって違う。」


 針千が首を傾げる。

「ダンジョンですか?」


「広くて」

「深くて」

「入るのが、怖い」


 沙希は、笑えなかった。


「安定してる」

「でも、それ以上は踏み込んでない」


 沙希は、無意識に手を握る。



「雨瑠」


 凛は、まっすぐ前を見る。


「君の課題は」

 晴谷は即座に言う。

「扉の常時解放」


「……常時?」


「理論は完璧」

「でも、不確定要素に弱い」


 筐体の横に置かれた箱。


 中で、何かが動いている。


「これは重心が動く」

「毎回、違う」


 凛は、一瞬だけ眉をひそめた。


「それでも」

 晴谷は言う。

「考えて取りなさい」


 凛は、静かに頷いた。



「銀泉」


 舞子は、背筋を伸ばす。


「きみの課題は」

 晴谷は、はっきり言った。

「固執」


 一瞬、空気が凍る。


「目の前を見ていない」

「常に、雨瑠を見ている」


 舞子は、反論しなかった。


「だから」

 晴谷は続ける。

「クレーンゲームしか考えれないよう

練習量、倍」


「……承知しましたわ」


「昼も」

「夜も」


 舞子の拳が、きゅっと握られる。



「最後、豚田」


「は、はい……ブヒ」


「君は」

 晴谷は優しく言う。

「基礎」


「……ですよね」


「重心」

「取り方」

「まず、そこから」


 豚田は、少し俯いた。


「でも」

 晴谷は続ける。

「誰かの真似は、しなくていい」


 豚田が顔を上げる。


「君は」

「君の取り方を見つければいい」


「……はい」



 針千が、恐る恐る手を挙げた。


「あの」

「なに?」


「さっきから出てる」

 言葉を選ぶ。

「“扉”って、なんなんですか?」


 一瞬、全員の視線が晴谷に集まる。


 晴谷は、少し考えてから言った。


「才能があって」

「それが形になると、扉ができる」


 指を一本立てる。


「扉を開けると」

「才能は強みを得る」


 二本目。


「でも」

 三本目。

「開けただけじゃ、足りない」


「中に入って」

「迷わなくなる場所がある」


 少し笑う。


「それが、”境地”」

「境地に至ると、才能が極まる。」


 針千は、ゆっくり息を吐いた。


「……分かりやすいです」

「だろ?」


「あと、境地に至ると、︎︎”扉持ち”がわかる」


 針千が晴谷を見ながら

「てことは?」


 晴谷は無言で頷いた。





 その夜。


 すきは、誰の手元も見逃さないようにしていた。


 沙希の安定。

 凛の計算。

 舞子の執着。

 豚田のぎこちなさ。



 自分だけが、触れられない。


 それでも。


 扉の形が、少しずつ見え始めていた。


 合宿は、

 まだ始まったばかりだった。

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