第44話 扉とは
合宿所は、思っていたより静かな場所だった。
山に囲まれた古い温泉旅館。
ロビーには年季の入ったソファと、自販機が一台。
そして――
「……ある」
沙希が指をさす。
隅に置かれた、クレーンゲーム筐体4台。
ただし。
「この1台、アーム、片方しかない」
針千が言う。
「しかも」
凛が補足する。
「通常の箱景品に橋渡し設定……」
「え、なにそれ」
「嫌な予感しかしない」
晴谷は、何も言わずに笑っていた。
⸻
「じゃあ、始めようか」
全員が集まったところで、晴谷が口を開く。
「ここでは」
軽い口調。
「今までの“勝ち方”は禁止」
「禁止?」
沙希が聞き返す。
「そう」
晴谷は筐体を指す。
「それぞれ、課題がある」
空気が、少しだけ張る。
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「まず、昏華」
すきは、びくっと肩を揺らした。
「君は」
晴谷は言う。
「基本触らない」
「……え?」
「クレーンゲーム」
「一切、プレイ禁止」
針千が目を見開く。
「それ練習ですか!?」
「うん」
「鬼ですか?」
晴谷は、すきを見る。
「君の課題は」
少しだけ、声が落ちる。
「扉の安定と、解放だ」
すきは、唾を飲む。
「フィギュアの声」
「未来予測」
「どっちも、不安定」
頷くしかなかった。
「だから」
晴谷は続ける。
「今日は“見る”」
「見る……?」
「他人のプレイを」
「徹底的に観察」
すきの胸が、ざわつく。
「……分かりました」
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「次、天秤」
「はいはい」
「君は」
晴谷は言った。
「もう、扉は開いてる」
沙希の表情が、少しだけ止まる。
「でも」
続ける。
「中に入ってない」
「……え?」
「君の扉の中」
晴谷は、少し間を置く。
「中は人によって違う。」
針千が首を傾げる。
「ダンジョンですか?」
「広くて」
「深くて」
「入るのが、怖い」
沙希は、笑えなかった。
「安定してる」
「でも、それ以上は踏み込んでない」
沙希は、無意識に手を握る。
⸻
「雨瑠」
凛は、まっすぐ前を見る。
「君の課題は」
晴谷は即座に言う。
「扉の常時解放」
「……常時?」
「理論は完璧」
「でも、不確定要素に弱い」
筐体の横に置かれた箱。
中で、何かが動いている。
「これは重心が動く」
「毎回、違う」
凛は、一瞬だけ眉をひそめた。
「それでも」
晴谷は言う。
「考えて取りなさい」
凛は、静かに頷いた。
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「銀泉」
舞子は、背筋を伸ばす。
「きみの課題は」
晴谷は、はっきり言った。
「固執」
一瞬、空気が凍る。
「目の前を見ていない」
「常に、雨瑠を見ている」
舞子は、反論しなかった。
「だから」
晴谷は続ける。
「クレーンゲームしか考えれないよう
練習量、倍」
「……承知しましたわ」
「昼も」
「夜も」
舞子の拳が、きゅっと握られる。
⸻
「最後、豚田」
「は、はい……ブヒ」
「君は」
晴谷は優しく言う。
「基礎」
「……ですよね」
「重心」
「取り方」
「まず、そこから」
豚田は、少し俯いた。
「でも」
晴谷は続ける。
「誰かの真似は、しなくていい」
豚田が顔を上げる。
「君は」
「君の取り方を見つければいい」
「……はい」
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針千が、恐る恐る手を挙げた。
「あの」
「なに?」
「さっきから出てる」
言葉を選ぶ。
「“扉”って、なんなんですか?」
一瞬、全員の視線が晴谷に集まる。
晴谷は、少し考えてから言った。
「才能があって」
「それが形になると、扉ができる」
指を一本立てる。
「扉を開けると」
「才能は強みを得る」
二本目。
「でも」
三本目。
「開けただけじゃ、足りない」
「中に入って」
「迷わなくなる場所がある」
少し笑う。
「それが、”境地”」
「境地に至ると、才能が極まる。」
針千は、ゆっくり息を吐いた。
「……分かりやすいです」
「だろ?」
「あと、境地に至ると、︎︎”扉持ち”がわかる」
針千が晴谷を見ながら
「てことは?」
晴谷は無言で頷いた。
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その夜。
すきは、誰の手元も見逃さないようにしていた。
沙希の安定。
凛の計算。
舞子の執着。
豚田のぎこちなさ。
自分だけが、触れられない。
それでも。
扉の形が、少しずつ見え始めていた。
合宿は、
まだ始まったばかりだった。




