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くれげの世界  作者: ぐろ
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第40話 理由

 部室は、少しだけ静かだった。


 誰も筐体に触れていない。

 ホワイトボードも、今日は白いまま。


 昨日までは、数字が並んでいた。

 取得率、手数、成功パターン。


 今日は人が並んでいる。


「……で」


 針千突が、全員を見回した。


「改めて確認するけどさ」


 軽く咳払い。


「大会、五人制なんだよね」


「はい」

 凛が頷く。


「先鋒から大将まで、一人ずつ」

「一対一で?」

「ええ」


 針千は、ゆっくりと豚田を見る。


 豚田武は、椅子に浅く腰掛けていた。

 背筋は伸びているが、肩が固い。


「……ブヒ」


 無意識に、声が漏れた。


「あっぶひ」


 即座に口を押さえる。


「いや、いいけど!」

 針千が手を振る。

「で、その……」


 言いにくそうに続ける。


「豚田はどこにする?」


 その言葉で、空気が止まった。



「まだ、決めません」


 凛が言った。


 即答ではなかった。


「……え?」


「豚田さんの位置は、未定です」


「それって……」


「“決められない”のではありません」

 凛ははっきり言う。

「“決める必要が、まだない”」


 沙希が、少し驚いた顔をする。


「凛が、そう言うんだ」


「例外です」

 凛は豚田を見る。

「この人は」


 豚田が、びくっと肩を揺らす。


「……俺?」


「はい」

「……ブヒ」


 凛は続ける。


「今、あなたには

 技術も、再現性も、ありません」


「はいぶひ……」


「ですが」

 言葉が切り替わる。

「この部活に入ってくれた」


 部室が、静まり返る。


「昨日」

 凛は言う。

「ここで立ち去る選択も、できたはずです」


 豚田は、視線を落としたまま、頷いた。


「……はい」


「それでも、残った」

「……はい」


 凛は、そこで初めて少しだけ言葉を緩めた。


「それは、才能では測れません」



 舞子が、静かに口を開いた。


「……不思議ですわね」


 全員が振り返る。


「氷の上では」

 舞子は言う。

「才能がない者は、最初から立てませんでした」


 少し、唇を噛む。


「努力する権利すら、与えられない」


 視線が、豚田に向く。


「ですが、ここでは」

「……?」


「立っているだけで、

 許されている」


 沙希が、ぽつりと言った。


「許してるわけじゃないよ」


「え?」


「一緒にいるだけ」


 沙希は笑う。


「まだ、何者でもない人と」


 豚田は、きょとんとした顔でそれを聞いていた。


「……ブヒ」


 少し考えてから、言う。


「俺……」

 言葉を探す。

「まだ、勝ちたい理由、ないですブヒ」


 誰も遮らなかった。


「でも」

 続ける。

「昨日、帰らなかった理由は……」


 一瞬、喉が詰まる。


「……ここなら、

 逃げなくていい気がしたから」


 針千が、思わず天井を仰いだ。


「重い……!」


「でも、嫌いじゃない」

 沙希が言う。



 すきは、少し離れた場所から、その光景を見ていた。


(……順番)


 なぜか、そんな言葉が浮かぶ。


 誰が先で。

 誰が後で。


 声を出す順番。

 前に立つ順番。


 それは、強さだけじゃ決まらない。


 すきは、一歩近づいた。


「……豚田くん」


「は、はい……ブヒ」


「次、私とやろ」


「え?」


「練習」


 理由は言わない。


「負けても、いいから」


 豚田は、少し考えてから、頷いた。


「……お願いしますブヒ」



 筐体が、動き出す。


 ぎこちない操作。

 迷う視線。


 当然、景品は落ちない。


「……すみません」


「うん」

 すきは頷く。

「今の、怖かったでしょ」


「……はい」


「それでいい」


 その言葉に、豚田は目を見開いた。


「怖いって分かったら」

 すきは続ける。

「次、進めるから」


 誰も、否定しなかった。


 凛は、それを黙って見ている。


 舞子は、紅茶を飲んでいた。


 沙希は、少しだけ笑っている。


 針千は、メモを取っていた。



 その日。


 クレーンゲーム部には、

 まだ強くない五人目が、確かにいた。


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