第4話 取れない日なんてない
“取れない日”がある。
それを言葉にしたのは、沙希だった。
でも、実感したのは、すき自身だ。
今日も、フィギュアは黙っている。
声は、聞こえない。
(……今日は、取れない日)
すきは、筐体の前から一歩下がった。
「やらないの?」
落ち着いた声がした。
振り向くと、
背筋の伸びた少女が立っている。
無駄のない姿勢。
視線は、すきではなく筐体。
「……今日は、取れない日なので」
「“日”?」
少女は、わずかに眉を動かした。
「取れるかどうかは、
日じゃなくて条件」
淡々とした口調。
「その台、今は取れる」
断言だった。
「……どうして、分かるんですか」
「見れば分かる」
少女は、操作パネルを指差す。
「アームの戻り位置。
掴み幅。
景品の置かれ方」
次々に挙げる。
「初手で倒して、
二手目で持ち上げれば、終わり」
理屈は、綺麗だった。
「私は雨瑠凛」
短く名乗る。
「クレーンゲームは理論でやる」
凛は、すぐにボタンを押した。
アームが降りる。
指定通りの位置。
フィギュアが、倒れる。
二手目。
持ち上がる。
落ちる。
――獲得口。
「……」
すきは、言葉を失った。
完璧だった。
「ほら」
凛は、淡々と言う。
「“取れない日”なんて、存在しない」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
正しい。
間違っていない。
でも。
フィギュアは、最後まで黙ったままだった。
「……私には」
すきは、小さく言う。
「取れない日、あるんです」
凛は、すきを見た。
「再現できないだけ」
即答。
「条件を揃えれば、
同じ結果は出せる」
正論だった。
でも、すきは視線を落とす。
(……声が、聞こえない)
そのとき。
「へー」
軽い声。
「今日も、取れない日?」
沙希が、少し離れた場所から歩いてきた。
「沙希」
凛は、一瞬だけ視線を向ける。
「あなたも?」
「うん」
沙希は笑う。
「今日は、初手は当たるけど、
最後まで行かない日」
理由は言わない。
言えない。
「理屈は?」
「知らない」
即答。
「でも、分かる」
凛は、わずかに目を細めた。
「感覚は、再現性がない」
「そっちはね」
沙希は肩をすくめる。
「でもさ」
ケースを見る。
「取れないって分かってる日に、
やらない判断」
すきをちらっと見る。
「それも、実力だよ」
すきは、胸が熱くなった。
理論。
感覚。
声。
三つは、噛み合っていない。
でも、否定し合ってもいない。
制服姿の店員――ミスター初期位置が、
静かに三人を見ていた。
このバランスが、
長く続かないことを知っているかのように。
すきは、まだ知らない。
この出会いが、
“取れる世界”を、
少しずつ歪めていくことを




