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くれげの世界  作者: ぐろ
37/62

第36話 届かなかった背中



 放課後の校舎は、昼間よりも音が少なかった。

 雨瑠凛は、階段を下りながら腕時計を一度だけ確認する。


 ――無駄はない。

 時間も、選択も。


 そう判断できるようになってから、もう長い。

 それでも足は、自然と旧校舎とは反対側へ向かっていた。


 大会が終わってから、凛の中には“正しい式”がある。

 勝つための理論。

 壊れないための判断。


 間違ってはいない。

 けれど、どこか未完のままだった。



「……こちらでしたのね」


 背後から聞こえた声に、凛は足を止めた。


 振り返る必要はなかった。

 その声は、記憶の奥に冷たく残っている。


「お久しぶりですわ、凛」


 銀泉舞子(ぎんせんまいこ)は、背筋を伸ばして立っていた。

 制服の着こなしは完璧で、立ち姿には一切の無駄がない。


 ――ああ。

 この人は、ずっと見てきた人だ。


「同じ高校になるなんて……偶然ですわね」


「……ええ、偶然ね」


 凛の返答は短い。

 偶然、という言葉だけが、やけに胸に残った。



「覚えていらっしゃいます?」


 舞子は静かに続ける。


「あなたが全国を制した大会。

 わたくしは、二位でしたわ」


 凛は否定しない。


「悔しくなかったと言えば、嘘になります」


 舞子は、ほんの少しだけ目を伏せた。


「けれどそれ以上に……

 憧れておりましたの」


 はっきりとした声だった。


「あなたの滑り方に。

 あの迷いのなさに」


 二位でもよかった。

 上には、凛がいたから。


「……次の大会」


 声が、わずかに低くなる。


「ようやく、勝てるかもしれないところまで

 仕上がっておりましたの」


 完璧だった。

 努力のすべてを注いだ。


「ですが」


 舞子は凛を見た。


「あなたは、いらっしゃらなかった」


 空気が、凍る。


「……意味のない一位でしたわ」


「それでも、私は正しい選択をした」


 凛は、静かに言う。


「あなたに勝つことより、

 自分を壊さないことを選んだ」


「理解しておりますわ」


 舞子は即答した。


「頭では」


 そして、続ける。


「けれど、納得はしておりませんの」


 凛は答えず、その場を去った。



 ――数分後。


 凛が教室に戻ると、扉の前に二人の影があった。


「凛ー、帰ろ」


 天秤沙希が、当たり前みたいに言う。


「……部室、もう人いるよ」


 昏華すきが、少し照れたように続けた。


 凛は一瞬だけ目を瞬かせ、それから頷く。


「……分かった」


 三人は並んで歩き出す。


 それを、廊下の角から見ている視線があった。



 一人じゃ、ない?


 舞子は、その光景から目を離せなかった。


 中学時代。

 リンクの上でも、降りても、

 凛は常に一人だった。


 呼び止められることもない。

 迎えに来る人もいない。


 それが、今は。


 三人。

 並んで。

 迷いなく。


 舞子は、無意識に後を追っていた。



 旧校舎。

 仮部室の前。


 中から、楽しげな声が聞こえる。


 舞子は、扉の隙間から中を覗いた。


 筐体の前に立つ凛。

 横で口を出す沙希。

 少し離れて見守るすき。


 ――あの凛があんな顔で、、


 床が、わずかに鳴った。


「……誰?」


 扉が開く。


 視線が合った。


「覗いておりましたの」


 舞子は、隠さなかった。


「あなたが、今力を入れていらっしゃる“競技”を」


 筐体へ視線を落とす。


「クレーンゲーム……?

 べつになんでもいいですわ」


 凛は、舞子を見る。


 氷の上で果たせなかった勝負。

 それを、ここで続けようとしている。


「ですから」


 舞子は一歩、前に出た。


「入部いたしますわ。

 クレーンゲーム部」


 沙希が目を丸くする。


「……即決?」


「3人しかまだいないのでしょう?」


 舞子は微笑む。


「それでも――

 あなたには、勝ちたいですの」


 凛は、しばらく舞子を見つめてから、答えた。


「……歓迎するわ」



 その日。

 クレーンゲーム部には、“終わっていない勝負”が加わった。


 まだ、和解はない。

 ただ、同じ場所に立っただけ。


 背中は、まだ重ならない

キャラ紹介


銀泉 舞子ぎんせんまいこ

•髪:銀に近い白髪、長めで手入れが行き届いている(まとめることが多い)

•表情:穏やかで上品だが、芯に強さを秘めている

•服装:清楚で上品、動きやすさを重視した服装

•話し方:お嬢様口調、丁寧で落ち着いた言葉遣い

•元フィギュアスケート選手

•回転感覚と集中力に優れている

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