第35話 トレ高
第2章高校編
校門の前に立った瞬間、昏華すきは思った。
――大会会場より、緊張する。
県立トレトレ高校。
通称、トレ高。
古びた校舎と、やけに目立つ新設の部室棟。その壁には、まだ誰のものでもない掲示板があって、白紙のまま風に揺れていた。
「なーに立ち止まってんの、すき」
背中を軽く叩かれて、すきは振り返る。
天秤沙希は、相変わらず明るい笑顔でそこにいた。
「入学式、遅れるよ? 高校デビュー失敗したくないでしょ」
「……別に、デビューとかじゃ」
「はいはい。そういうとこだぞ」
軽口。
でも、その声の奥には、すきがよく知っている“重さ”があった。
大会が終わっても、扉は消えない。
覚醒した人間は、元には戻らない。
⸻
教室。
すきは1年A組、沙希はB組。
名簿順で分かれたはずなのに、なぜか心細さはすきのほうが強かった。
机に座る。
黒板の前では、担任が自己紹介を始めている。
「――晴谷蓮二だ。よろしく」
その声を聞いた瞬間、すきは小さく息を呑んだ。
理由は、わからない。
でも、この人は“知っている側”だと、直感が告げていた。
視線が、一瞬だけ交わる。
晴谷は何も言わず、ただチョークを持ち替えた。
それだけなのに、胸の奥がざわつく。
⸻
昼休み。
沙希が、待ってましたと言わんばかりにすきを呼び止めた。
「ねえすき、部活」
「……もう決めてるの?」
「うん。というか、決めた」
沙希は笑う。
でも、その目は本気だった。
「クレーンゲーム部、作るから」
「……は?」
「ほら、あるでしょ。部室棟。まだ空いてるし」
すきは言葉を失った。
大会が終わったから、全部終わったと思っていた。
でも沙希は、もう次の場所を見ていた。
「大会はさ、結果を競う場所だったでしょ」
沙希は、少しだけ視線を落とす。
「でも高校は――育てる場所だと思うんだよね」
才能も。
覚悟も。
それから、開かないままの扉も。
すきは、何も答えられなかった。
⸻
放課後。
まだ何も置かれていない仮部室。
がらんとした空間の中央で、すきは一台のクレーンゲームを見つめていた。
文化祭用に寄付された、古い筐体。
橋の上に、何も乗っていない。
なのに――
「……ここ、右が軽い」
思わず零れた言葉に、自分で驚く。
声は、聞こえなかった。
フィギュアも、ない。
それでも、感覚だけが残っている。
沙希が、後ろから静かに言った。
「ね。まだあるでしょ」
すきは、筐体から手を離した。
高校生活は、始まったばかりだった。




