第34話 未来はひとつじゃない
決勝の終盤。
会場は、静まり返っていた。
歓声はない。
ざわめきもない。
ただ、誰もが感じている。
――何かが、決定的におかしい。
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物理学者チームの手番。
「再計算を行う」
「これまでのズレを補正」
理論は、まだ諦めていない。
だが、その声には、初めて焦りが混じっていた。
アームが下りる。
箱が動く。
……だが。
「……違う」
明確な動揺。
「理論は合っている」
「だが、前提条件が――」
凛が、静かに言った。
「前提が、変わったんだよ」
物理学者チームは、言葉を失う。
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沙希が前に出る。
もう、笑顔はない。
でも、迷いもない。
「取らない」
初期位置を整えない。
バランスキャッチもしない。
箱を、わずかに傾けるだけ。
「……それでいい」
沙希は、すきを見て言った。
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凛が続く。
「論理は、可能性を狭めるものじゃない」
計算する。
だが、答えをひとつにしない。
未来を、残す。
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成宮。
「……俺、役に立ってる?」
詠が即座に答える。
「なってるよ」
「今、一番」
成宮は、余計なことをしない。
でも、未来を固定しない。
人間の一手。
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詠が前に出る。
「全部壊すのは、もうやめた」
ニヤリと笑う。
「今回は――
壊れそうな未来だけ、残す」
理論にも、破壊にも属さない一手。
物理学者チームは、完全に沈黙した。
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そして。
すき。
台の前に立った瞬間、
音が、遠のいた。
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怒鳴り声。
『あの子はなんでああなんだ!
お前の育て方が悪いんだ!』
『あなたこそ、仕事仕事って!
すきに構ってあげたこと、あった!?』
小さな部屋。
その隅で、すきは耳を塞いでいた。
動かない。
動けない。
手の中には、
お気に入りのフィギュア。
(……助けて)
声にならない声。
その日からだった。
すきが、
人と話すよりも
フィギュアと向き合う時間の方が
ずっと長くなったのは。
⸻
天秤沙希と出会った。
雨瑠凛と並んだ。
成宮金が笑って、
賭良詠が無茶をした。
気づけば。
一人じゃなかった。
(……このチームで)
(勝ちたい)
⸻
すきは、目を開く。
台の前。
現実。
フィギュアの声が、はっきりと聞こえた。
「……今だよ」
でも、それは命令じゃない。
「こっちも、あっちも、あるよ」
未来が、見える。
一本じゃない。
いくつも、枝分かれしている。
(……選ぶんだ)
正しい未来じゃない。
勝てる未来でもない。
一緒に立ってきた仲間が、
そこにいる未来。
すきは、
二つの扉に手をかける。
――だが。
開かない。
(……まだ、足りない)
そのとき。
沙希が、隣に立った。
「一人で開けなくていいでしょ」
一緒に、押す。
反対側で、凛も手を添える。
「選択は、分け合える」
成宮が、困ったように笑う。
「力仕事ならさ……
金で殴るしかなくね?」
札束で、思いきり叩く。
「雑すぎ」
詠が笑いながら、
最後に――
「じゃ、ダメ押し」
足で、蹴る。
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二つの扉が、
同時に――開いた。
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すきは、ボタンを押す。
ほんの少し。
誰もやらない角度。
物理学者チームが叫ぶ。
「待て、それは――」
遅い。
アームが上がり、
箱が持ち上がり、
そして――落ちる。
衝撃。
一瞬の静寂。
箱は、
信じられない形から落ちた。
理論では説明できない。
再現もできない。
でも。
取れている。
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ブザーが鳴る。
勝敗決定。
一瞬の空白のあと、
会場が爆発した。
沙希が、すきを抱きしめる。
「すき!!」
凛は、目を伏せて息を吐く。
「……理解できない」
「でも、納得はできる」
成宮は、泣き笑いだ。
「勝ったな……」
詠は、震えながら笑う。
「はは……っ
これだから、やめらんねぇ……!」
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会長は、モニター越しに深く頷いた。
「扉は、開いた」
「だが――」
「これは、完成じゃない」
「選び続ける限り、
彼女の未来は、固定されない」
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すきは、筐体の中のフィギュアを見る。
「……ありがとう」
声は、もうしない。
でも、わかる。
フィギュアは、
最初から嘘をついていなかった。
未来は、ひとつじゃない。
選ぶことで、
物語になる。
決勝終了。
――昏華チーム、優勝。




