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くれげの世界  作者: ぐろ
34/62

第34話 未来はひとつじゃない

決勝の終盤。

会場は、静まり返っていた。


歓声はない。

ざわめきもない。


ただ、誰もが感じている。

――何かが、決定的におかしい。



物理学者チームの手番。


「再計算を行う」


「これまでのズレを補正」


理論は、まだ諦めていない。

だが、その声には、初めて焦りが混じっていた。


アームが下りる。

箱が動く。


……だが。


「……違う」


明確な動揺。


「理論は合っている」

「だが、前提条件が――」


凛が、静かに言った。


「前提が、変わったんだよ」


物理学者チームは、言葉を失う。



沙希が前に出る。


もう、笑顔はない。

でも、迷いもない。


「取らない」


初期位置を整えない。

バランスキャッチもしない。


箱を、わずかに傾けるだけ。


「……それでいい」


沙希は、すきを見て言った。



凛が続く。


「論理は、可能性を狭めるものじゃない」


計算する。

だが、答えをひとつにしない。


未来を、残す。



成宮。


「……俺、役に立ってる?」


詠が即座に答える。


「なってるよ」

「今、一番」


成宮は、余計なことをしない。

でも、未来を固定しない。


人間の一手。



詠が前に出る。


「全部壊すのは、もうやめた」


ニヤリと笑う。


「今回は――

壊れそうな未来だけ、残す」


理論にも、破壊にも属さない一手。


物理学者チームは、完全に沈黙した。



そして。


すき。


台の前に立った瞬間、

音が、遠のいた。



怒鳴り声。


『あの子はなんでああなんだ!

 お前の育て方が悪いんだ!』


『あなたこそ、仕事仕事って!

 すきに構ってあげたこと、あった!?』


小さな部屋。

その隅で、すきは耳を塞いでいた。


動かない。

動けない。


手の中には、

お気に入りのフィギュア。


(……助けて)


声にならない声。


その日からだった。


すきが、

人と話すよりも

フィギュアと向き合う時間の方が

ずっと長くなったのは。



天秤沙希と出会った。

雨瑠凛と並んだ。

成宮金が笑って、

賭良詠が無茶をした。


気づけば。


一人じゃなかった。


(……このチームで)


(勝ちたい)



すきは、目を開く。


台の前。

現実。


フィギュアの声が、はっきりと聞こえた。


「……今だよ」


でも、それは命令じゃない。


「こっちも、あっちも、あるよ」


未来が、見える。


一本じゃない。

いくつも、枝分かれしている。


(……選ぶんだ)


正しい未来じゃない。

勝てる未来でもない。


一緒に立ってきた仲間が、

そこにいる未来。


すきは、

二つの扉に手をかける。


――だが。


開かない。


(……まだ、足りない)


そのとき。


沙希が、隣に立った。


「一人で開けなくていいでしょ」


一緒に、押す。


反対側で、凛も手を添える。


「選択は、分け合える」


成宮が、困ったように笑う。


「力仕事ならさ……

金で殴るしかなくね?」


札束で、思いきり叩く。


「雑すぎ」


詠が笑いながら、

最後に――


「じゃ、ダメ押し」


足で、蹴る。



二つの扉が、

同時に――開いた。



すきは、ボタンを押す。


ほんの少し。

誰もやらない角度。


物理学者チームが叫ぶ。


「待て、それは――」


遅い。


アームが上がり、

箱が持ち上がり、

そして――落ちる。


衝撃。


一瞬の静寂。


箱は、

信じられない形から落ちた。


理論では説明できない。

再現もできない。


でも。


取れている。



ブザーが鳴る。


勝敗決定。


一瞬の空白のあと、

会場が爆発した。


沙希が、すきを抱きしめる。


「すき!!」


凛は、目を伏せて息を吐く。


「……理解できない」

「でも、納得はできる」


成宮は、泣き笑いだ。


「勝ったな……」


詠は、震えながら笑う。


「はは……っ

これだから、やめらんねぇ……!」



会長は、モニター越しに深く頷いた。


「扉は、開いた」


「だが――」


「これは、完成じゃない」


「選び続ける限り、

彼女の未来は、固定されない」



すきは、筐体の中のフィギュアを見る。


「……ありがとう」


声は、もうしない。


でも、わかる。


フィギュアは、

最初から嘘をついていなかった。


未来は、ひとつじゃない。


選ぶことで、

物語になる。


決勝終了。


――昏華チーム、優勝。

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