第33話 少しづつ未来は進んでる
決勝は、続いている。
だが――
会場の空気は、明らかに変わっていた。
すきの“何もしない一手”。
失敗。
それ自体は珍しくない。
けれど。
理由のない失敗。
選ばなかったという選択。
それは、理論の世界にとって
最初から想定されていないノイズだった。
⸻
物理学者チームの手番。
「……再計算を」
声は冷静だ。
だが、どこか急いでいる。
「直前の行動は、偶発的要因と仮定」
アームが動く。
箱が、いつも通りに――
動かない。
「……?」
ほんの数ミリ。
だが、確実にズレた。
観客は気づかない。
だが、凛は即座に目を細めた。
「……ズレた」
「理論通りなら、今の動きは存在しない」
詠が、愉しそうに息を吐く。
「あー……いいね」
「壊れた♡」
⸻
沙希が、前に出る。
迷いはない。
笑顔もない。
「……バランスキャッチ、やめよ」
会場がざわつく。
「え?」
「しないの?」
沙希は配置すら整えない。
“取らない”一手。
ただ、繋ぐだけ。
物理学者チームが即座に反応する。
「非合理」
「成功率が下がる」
沙希は肩をすくめた。
「うん」
「でもさ」
台から目を離さず、続ける。
「もう“正しい流れ”じゃないでしょ、これ」
⸻
凛が続く。
計算する。
だが――止める。
「……答えが、ひとつじゃない」
物理学者チームの一人が眉をひそめる。
「最適解を放棄するのか?」
凛は静かに首を振った。
「違う」
「最適解を、増やしただけ」
箱は、理論から外れた動きを見せる。
小さい。
だが、確実な違和感。
⸻
成宮の番。
「……俺、どうする?」
誰も答えない。
それが、答えだった。
成宮は深く考えず、
ただ“邪魔にならない場所”へ動かす。
派手さはない。
成果も小さい。
だが。
「……配置が、固定されていない?」
物理学者チームが、初めて言葉を失う。
⸻
詠が前に出る。
「はは……」
「普通なら、ここ壊すんだけどさ」
一瞬、すきを見る。
「今回は――やめとく」
中途半端な一手。
壊さない。
整えない。
理論にも、破壊にも属さない動き。
「今壊したらさ」
「すき、選べなくなるでしょ」
会場の空気が、はっきりと変わった。
⸻
そして、すき。
台の前に立つ。
(……まだ)
声は、かすかだ。
でも、確かにそこにある。
未来は、一本じゃない。
ぼやけた枝が、いくつも見える。
(正しいのは……どれ?)
違う。
(……選ばないと、いけないのは)
仲間の背中が、見える。
沙希。
凛。
成宮。
詠。
みんな、もう“正解”を見ていない。
すきは、ボタンに手を置く。
―少しだけ。
最小限、ほんのわずかだけ動かす。
結果は、取れない。
だが。
箱の位置が、明らかにおかしい。
「……想定外だ」
「前提条件が崩れている」
物理学者チームに、初めて動揺が走る。
会長は、モニター越しに静かに呟いた。
「選ばなかった」
「だから、未来が固定されなかった」
⸻
すきは、息を整える。
怖くない。
(……これでいい)
扉は、まだ閉じている。
でも――
鍵は、確かに回り始めていた。
決勝は、終盤へ。
世界はもう、
元の“正しい形”には戻らない。




