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くれげの世界  作者: ぐろ
第一章 中学編
32/97

32話 選択



物理学者チームのプレイは相変わらず正確だった。

無駄がなく、感情がなく、結果だけが積み上がっていく。


「……強いね」


沙希が、ぽつりと言う。


笑顔はある。

でもそれは、これまでの余裕のある笑顔とは違った。


「正しい、ってこういうことなんだ」


凛は台を見つめながら、静かに分析している。

だが、その声にはいつもの切れがない。


詠は腕を組み、苛立ちを隠さない。


「全部、説明できるって顔してやがる」


成宮は何も言わない。

ただ、すきの横に立っている。



次の手番。


物理学者チームは、また“最適解”を積み上げる。

成功率の高い手。

再現できる動き。


観客はざわつかない。

驚きがないからだ。


「……すげぇんだけどさ」


成宮が小さく言う。


「なんか、ずっと検証してるみたいだな」


その言葉に、すきはわずかに反応した。



すきの手番が近づく。


フィギュアの声は、まだ聞こえない。


(……選べない)


どれも正しく見える。

どれも間違っている気もする。


物理学者チームの理論が、頭をよぎる。


――再現できないものは、存在しない。


(じゃあ……)


(私は、なにをしてきたの?)


そのとき。


沙希が、すきの方を向いた。


「すき」


名前を呼ぶ声。

それだけだった。


でも。


「取らなくていいよ」


すきは、思わず目を見開く。


「え……?」


沙希は、少しだけ真剣な顔で続けた。


「無理に“正しい手”打たなくていい」


「今までさ、私たち――

 正しい手、いっぱい打ってきたじゃん」


凛が、ゆっくり頷く。


「でも今回は、相手の方が正しい」


「だから……違う選択が必要」


詠が鼻で笑う。


「実験とか検証とか再現性とかさ、」


「反吐が出る。なぁ学者のお偉い先生方にさ、みせてやれよ」


成宮は、何も言わずに、すきの背中を軽く叩いた。


言葉はない。

でも、それで十分だった。



すきは、台の前に立つ。


(正しい手、じゃない)


(勝てる手、でもない)


(じゃあ……)


その瞬間。


――かすかに。


「……まだ」


フィギュアの声。


はっきりしない。

でも、確かに。


すきは、ボタンに手をかけたまま、動かさなかった。


会場がざわつく。


「え、打たないの?」


「時間大丈夫か?」


物理学者チームの一人が、首を傾げる。


「判断遅延。

 プレッシャーか?」


会長は、モニター越しに息を詰める。


「……選ばない、か」


すきは、ボタンを押さない。


ただ、待つ。


(今じゃない)


理由は、わからない。


でも――

初めて、自分で“選ばなかった”。


制限時間、ぎりぎり。


すきは、ボタンから手を離した。


結果は、当然――動かない。


失敗。


観客のどよめき。


だが。


物理学者チームは、わずかに表情を変えた。


「……予測不能な行動だな」


「合理性がない」


「だが……」


会長が、小さく笑う。


「合理性がない、か」


「違う」


「これは――始まりだ」


すきは、台から目を離し、仲間を見る。


誰も責めていない。


それどころか。


沙希は、少しだけ安心したように笑った。

凛は、何かを理解した目をしている。

詠は、楽しそうに口角を上げる。

成宮は、親指を立てた。


すきの胸の奥で、何かが静かに動いた。


扉は、まだ開かない。


でも――

鍵に、手をかけた。

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