32話 選択
物理学者チームのプレイは相変わらず正確だった。
無駄がなく、感情がなく、結果だけが積み上がっていく。
「……強いね」
沙希が、ぽつりと言う。
笑顔はある。
でもそれは、これまでの余裕のある笑顔とは違った。
「正しい、ってこういうことなんだ」
凛は台を見つめながら、静かに分析している。
だが、その声にはいつもの切れがない。
詠は腕を組み、苛立ちを隠さない。
「全部、説明できるって顔してやがる」
成宮は何も言わない。
ただ、すきの横に立っている。
⸻
次の手番。
物理学者チームは、また“最適解”を積み上げる。
成功率の高い手。
再現できる動き。
観客はざわつかない。
驚きがないからだ。
「……すげぇんだけどさ」
成宮が小さく言う。
「なんか、ずっと検証してるみたいだな」
その言葉に、すきはわずかに反応した。
⸻
すきの手番が近づく。
フィギュアの声は、まだ聞こえない。
(……選べない)
どれも正しく見える。
どれも間違っている気もする。
物理学者チームの理論が、頭をよぎる。
――再現できないものは、存在しない。
(じゃあ……)
(私は、なにをしてきたの?)
そのとき。
沙希が、すきの方を向いた。
「すき」
名前を呼ぶ声。
それだけだった。
でも。
「取らなくていいよ」
すきは、思わず目を見開く。
「え……?」
沙希は、少しだけ真剣な顔で続けた。
「無理に“正しい手”打たなくていい」
「今までさ、私たち――
正しい手、いっぱい打ってきたじゃん」
凛が、ゆっくり頷く。
「でも今回は、相手の方が正しい」
「だから……違う選択が必要」
詠が鼻で笑う。
「実験とか検証とか再現性とかさ、」
「反吐が出る。なぁ学者のお偉い先生方にさ、みせてやれよ」
成宮は、何も言わずに、すきの背中を軽く叩いた。
言葉はない。
でも、それで十分だった。
⸻
すきは、台の前に立つ。
(正しい手、じゃない)
(勝てる手、でもない)
(じゃあ……)
その瞬間。
――かすかに。
「……まだ」
フィギュアの声。
はっきりしない。
でも、確かに。
すきは、ボタンに手をかけたまま、動かさなかった。
会場がざわつく。
「え、打たないの?」
「時間大丈夫か?」
物理学者チームの一人が、首を傾げる。
「判断遅延。
プレッシャーか?」
会長は、モニター越しに息を詰める。
「……選ばない、か」
すきは、ボタンを押さない。
ただ、待つ。
(今じゃない)
理由は、わからない。
でも――
初めて、自分で“選ばなかった”。
制限時間、ぎりぎり。
すきは、ボタンから手を離した。
結果は、当然――動かない。
失敗。
観客のどよめき。
だが。
物理学者チームは、わずかに表情を変えた。
「……予測不能な行動だな」
「合理性がない」
「だが……」
会長が、小さく笑う。
「合理性がない、か」
「違う」
「これは――始まりだ」
すきは、台から目を離し、仲間を見る。
誰も責めていない。
それどころか。
沙希は、少しだけ安心したように笑った。
凛は、何かを理解した目をしている。
詠は、楽しそうに口角を上げる。
成宮は、親指を立てた。
すきの胸の奥で、何かが静かに動いた。
扉は、まだ開かない。
でも――
鍵に、手をかけた。




