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くれげの世界  作者: ぐろ
31/65

第31話 フィギュアは嘘をつかない

決勝の舞台裏は、ひどく静かだった。


歓声は聞こえる。

でも、すきの耳には届いていない。


(……おかしい)


胸の奥に、ずっと引っかかっている感覚。

怖いわけじゃない。

焦っているわけでもない。


ただ――

何かが、欠けている。


すきは、選手用椅子の隅に置かれた小さな棚に目を向けた。

大会用に設置された、景品展示ケース。

その中に並ぶ、いくつかのフィギュア。


気づけば、すきはそこに近づいていた。



幼い頃


家は、いつも静かだった。


親がいなかったわけじゃない。

でも、すきが起きている時間に、誰かがそばにいることは少なかった。


テレビはつけっぱなし。

でも、それは「会話」じゃない。


ある日、すきは棚の上に置かれたフィギュアを見つめていた。


特別高いものでも、人気のものでもない。

ただ、そこにあっただけ。


「……ねえ」


誰に向けたわけでもない声。


返事は、もちろんない。


でも。


(あ、そっちじゃない)


そんな気がした。


フィギュアは動かない。

口も開かない。

それなのに、否定されなかった。


間違っても、怒られない。

黙って、そこにいてくれる。


すきは、少しずつ話すようになった。


楽しかったこと。

嫌だったこと。

どうして泣いたのか、わからない夜。


フィギュアは、答えをくれない。


でも、嘘もつかない。



フィギュアの声


それは、ある日突然だった。


「そっちは、やめとこ」


声がした。


はっきりした音じゃない。

頭の中に浮かんだ、感覚に近いもの。


すきは、首をかしげた。


(なんで?)


理由はわからない。

でも、その通りにすると――

なぜか、嫌なことが起きなかった。


それからだ。


迷ったとき。

追い込まれたとき。

誰にも相談できないとき。


フィギュアが、囁く。


「まだ」

「今じゃない」

「そっち」


すきは、それを当たり前だと思っていた。



もう一つの感覚


ただ、それとは別に。


すきには、昔から不思議な癖があった。


理由はわからないのに、

「それを選ぶと、後悔する」

そんな気がする瞬間。


良い未来は、見えない。

成功も、栄光も、想像できない。


でも――

失敗だけは、避けられた。


だから、すきは自分を「運がいいだけ」だと思っていた。



現在


展示ケースの前で、すきは立ち止まる。


フィギュアたちは、何も言わない。


(……静かだね)


決勝が始まってから、ずっと。


声が、聞こえない。


物理学者チームのプレイ。

完璧で、正しくて、説明できる世界。


(説明できないものは、ない……か)


その言葉が、胸に刺さる。


――じゃあ。


(私が感じてきたものは、なに?)


そのときだった。


モニター室で、会長が静かに呟く。


「……なるほど」


誰に聞かせるでもない声。


「これは才能じゃない」


「生き延びるために、身につけた感覚だ」


会長の視線は、すきだけを追っている。





二つの扉


ひとつは、後天。


孤独の中で作られた、

フィギュアの声が聞こえる扉。


もうひとつは、先天。


名づけるなら――

未来予測。


だが。


「本人は、まだ触れていない」


「だから不安定だ」


「だから……今は、静かなんだ」



すきは、ケースの中のフィギュアに小さく笑いかける。


「……ねえ」


返事は、ない。


でも。


(大丈夫)


なぜか、そう思えた。


決勝は、まだ終わっていない。


二つの扉は、まだ閉じたまま。


すきは、ただ――

その前に、立っているだけだった。

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