第30話 物理学者
決勝の舞台は、異様なほど静かだった。
準決勝までの喧騒が嘘のように、観客席には張り詰めた空気だけが残っている。
理由ははっきりしていた。
「物理学者チーム、入場します」
呼ばれて現れた五人は、年齢も性別もばらばら。
だが、その歩幅、視線、間の取り方までが、異様なほど揃っていた。
「……なんかの実験みたいだな」
成宮の呟きに、沙希が軽く笑う。
「白衣じゃないだけ、まだマシだね」
いつもの明るさ。
だが、その笑顔の裏に、わずかな硬さがあるのを、すきは見逃さなかった。
相手チームの一人が、マイクを取る。
「私たちは、物理学者です」
淡々とした声。
「クレーンゲームは、感覚や運の遊びではありません。
重心、摩擦、アームの可動域。
すべては物理法則で説明できる」
ざわめきが起こる。
「再現できないプレイは、存在しない」
会長は、モニター越しに小さく息を吐いた。
「……完成形だな」
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一手目:沙希
最初に前へ出たのは、沙希だった。
「ま、やることは変わらないよね」
初期位置。
迷いなくアームを入れる。
――バランスキャッチ。
一度、箱を高く持ち上げ、アームが離す。
落下の衝撃で、箱がいい形になる。
会場がどよめく。
だが。
「なるほど」
物理学者チームの一人が、即座に言った。
「落下衝撃による姿勢変化。
角度は安定している。成功率は高いが――」
沙希の箱は、最適解には届かない位置で止まった。
ワンパンではない。
「……繋がった、けど」
沙希は笑顔を作る。
だが、その表情は一瞬だけ揺れた。
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二手目:凛
次に立つのは、凛。
「問題ない。次に繋げる」
冷静に状況を整理し、論理的にアームを動かす。
――正しい。
だが、相手はその“正しさ”を否定しない。
「同じ思考だ」
「だが、計算が一段浅い」
凛の一手は、読まれていた。
論理は通用する。
だが、上書きされる。
凛は唇を噛み、何も言わずに戻る。
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三手目:成宮
成宮が前に出る。
「……俺、場違いじゃない?」
冗談めかして言うが、誰も笑わない。
いつも通り、慎重に。
無理をしない。
結果は――動かない。
「影響、なし」
物理学者チームの評価は、それだけだった。
成宮は苦笑する。
「……だよな」
“無害”。
その言葉が、決勝の舞台では重すぎた。
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四手目:詠
詠が、苛立ちを隠さず前に出る。
「チッ……気に入らねぇ」
定石を無視した、破天荒な動き。
箱を無理やり崩しにいく。
会場がざわつく。
だが。
「確率的には、許容範囲」
「想定内だ」
詠の“破壊”ですら、数値に落とされる。
「……クソが」
詠は吐き捨てるように戻った。
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五手目:すき
最後に残ったのは、すきだった。
台の前に立つ。
(……静か)
フィギュアの声が、聞こえない。
(いつもなら、なにか……)
未来も見えない。
嫌な予感すら、ない。
ただ、胸の奥に、説明できない違和感だけがあった。
「すき?」
沙希が、小さく声をかける。
「……うん。大丈夫」
自分に言い聞かせるように答える。
だが、すきは感じていた。
ここまでの全員の手が、
技としてじゃなく、存在として否定されていることを。
会長は、静かに呟く。
「否定されているのは、才能じゃない」
「“物語”そのものだ」
物理学者チームは、淡々と次の準備を進める。
正しい。
速い。
再現できる。
――勝てない。
すきは、筐体の中のフィギュアを見つめる。
(ねえ……)
(どうしたら、いい?)
返事は、ない。
決勝は、まだ始まったばかりだった。




