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くれげの世界  作者: ぐろ
30/71

第30話 物理学者


決勝の舞台は、異様なほど静かだった。


準決勝までの喧騒が嘘のように、観客席には張り詰めた空気だけが残っている。

理由ははっきりしていた。


「物理学者チーム、入場します」


呼ばれて現れた五人は、年齢も性別もばらばら。

だが、その歩幅、視線、間の取り方までが、異様なほど揃っていた。


「……なんかの実験みたいだな」


成宮の呟きに、沙希が軽く笑う。


「白衣じゃないだけ、まだマシだね」


いつもの明るさ。

だが、その笑顔の裏に、わずかな硬さがあるのを、すきは見逃さなかった。


相手チームの一人が、マイクを取る。


「私たちは、物理学者です」


淡々とした声。


「クレーンゲームは、感覚や運の遊びではありません。

 重心、摩擦、アームの可動域。

 すべては物理法則で説明できる」


ざわめきが起こる。


「再現できないプレイは、存在しない」


会長は、モニター越しに小さく息を吐いた。


「……完成形だな」



一手目:沙希


最初に前へ出たのは、沙希だった。


「ま、やることは変わらないよね」


初期位置。

迷いなくアームを入れる。


――バランスキャッチ。


一度、箱を高く持ち上げ、アームが離す。

落下の衝撃で、箱がいい形になる。


会場がどよめく。


だが。


「なるほど」


物理学者チームの一人が、即座に言った。


「落下衝撃による姿勢変化。

 角度は安定している。成功率は高いが――」


沙希の箱は、最適解には届かない位置で止まった。


ワンパンではない。


「……繋がった、けど」


沙希は笑顔を作る。

だが、その表情は一瞬だけ揺れた。



二手目:凛


次に立つのは、凛。


「問題ない。次に繋げる」


冷静に状況を整理し、論理的にアームを動かす。


――正しい。


だが、相手はその“正しさ”を否定しない。


「同じ思考だ」


「だが、計算が一段浅い」


凛の一手は、読まれていた。


論理は通用する。

だが、上書きされる。


凛は唇を噛み、何も言わずに戻る。



三手目:成宮


成宮が前に出る。


「……俺、場違いじゃない?」


冗談めかして言うが、誰も笑わない。


いつも通り、慎重に。

無理をしない。


結果は――動かない。


「影響、なし」


物理学者チームの評価は、それだけだった。


成宮は苦笑する。


「……だよな」


“無害”。

その言葉が、決勝の舞台では重すぎた。



四手目:詠


詠が、苛立ちを隠さず前に出る。


「チッ……気に入らねぇ」


定石を無視した、破天荒な動き。

箱を無理やり崩しにいく。


会場がざわつく。


だが。


「確率的には、許容範囲」


「想定内だ」


詠の“破壊”ですら、数値に落とされる。


「……クソが」


詠は吐き捨てるように戻った。



五手目:すき


最後に残ったのは、すきだった。


台の前に立つ。


(……静か)


フィギュアの声が、聞こえない。


(いつもなら、なにか……)


未来も見えない。

嫌な予感すら、ない。


ただ、胸の奥に、説明できない違和感だけがあった。


「すき?」


沙希が、小さく声をかける。


「……うん。大丈夫」


自分に言い聞かせるように答える。


だが、すきは感じていた。


ここまでの全員の手が、

技としてじゃなく、存在として否定されていることを。


会長は、静かに呟く。


「否定されているのは、才能じゃない」


「“物語”そのものだ」


物理学者チームは、淡々と次の準備を進める。


正しい。

速い。

再現できる。


――勝てない。


すきは、筐体の中のフィギュアを見つめる。


(ねえ……)


(どうしたら、いい?)


返事は、ない。


決勝は、まだ始まったばかりだった。

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