第29話 ミスター初期位置
控室の外は、夜の気配に包まれていた。
昼間の熱気が嘘みたいに、通路は静かだ。
明日の決勝戦を待つだけの時間。
誰もが落ち着かないはずなのに、
昏華チームの空気は、不思議と穏やかだった。
そのときだった。
「決勝進出、おめでとう」
振り返ると、
そこに立っていたのは、スーツ姿の男だった。
派手さはない。
けれど、どこか場慣れした佇まい。
凛が、少し目を見開く。
「……あ」
成宮が首を傾げる。
「えっと、どちらさまです?」
詩も同じように首を傾けた。
凛が一歩前に出る。
「地元のゲームセンターの店員さんです。
あだ名は……ミスター初期位置」
その名に、沙希が反応する。
「あ、知ってる!
取れないときに呼んだら、初期位置にだけ戻す人だよね」
男は苦笑した。
「ええ。
アシストは、ほとんどしませんから」
成宮が思わず口を挟む。
「店員ガチャ外れ、って言われるやつ?」
男は気にした様子もなく、頷いた。
「そう呼ばれることもありますね」
沙希が腕を組む。
「でもさ、私この人に初期位置にしてもらうと、
けっこうワンパンできるんだよね」
男は、少しだけ目を細めた。
「初期位置は……始まりでもありますし、
人によっては“救い”にもなる、そういうものです」
一拍置いて、男は名乗った。
「山口一といいます。
ミスター初期位置でも、山口でも、好きに呼んでください」
すきが、静かに尋ねる。
「山口さん……私たちに、なにか用があったんですか?」
山口は一瞬、言葉を探した。
「いや。
自分が招待状を送ったチームの活躍を見ていて……
久しぶりに、胸が熱くなっただけですよ」
視線が、成宮に向く。
「ときに、成宮くん」
「はい?」
「君のプレイを見ていたが……
残念ながら、才能と呼べるものは見当たらない」
一瞬、空気が止まる。
だが成宮は、肩をすくめた。
「え?
ああ、はい。わかってますよ」
あっけらかんと笑う。
「俺、ずっと金殴りしかできなかったし」
山口は、少し意外そうに眉を上げた。
「それでも、このチームで一緒に戦う理由を、
聞いてもいいかな」
成宮は少し考えてから、答えた。
「んー……とりあえず、楽しいからっすね」
指で後頭部をかく。
「金殴りして景品取って、執事たちに拍手してもらうより、
誰かが取って、一緒に喜んで、迷って……」
笑う。
「だから、自分が才能あるとかないとか、
正直どうでもいいんすよ」
沈黙。
やがて、山口が小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
深く頭を下げる。
「昏華チームの健闘を、祈っています」
そう言って、踵を返した。
通路に、静けさが戻る。
誰も、すぐには言葉を発さなかった。
沙希が、ぽつりと呟く。
「……なんか、不思議な人だったね」
凛は、遠ざかる背中を見つめていた。
「うん。
でも……たぶん、クレーンゲームが本当に好きな人」
すきは、胸の奥に残った小さな違和感を、
まだ言葉にできずにいた。
(初期位置……)
それは、始まり。
そして、人によっては、救い。
明日。
この舞台で示される“答え”は、
果たしてどこに置かれているのか。
その問いだけが、静かに残っていた。
キャラ紹介
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ミスター初期位置
山口 一
基本情報
•通称:ミスター初期位置
•年齢:35歳
•職業:ゲームセンター店員/大会招待担当
•立ち位置:昏華チーム創設時から観察している
謎多き店員
・ アシスト置きをせず、基本初期位置に置き直す
為、人によっては店員ガチャ外れと言われる。
ただ、正確無比な初期位置は沙希と相性抜群




