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くれげの世界  作者: ぐろ
第一章 中学編
27/84

第27話 扉の前

準決勝は、静かに狂い始めていた。


マセガキ軍団の台。

これまで寸分違わず再現できていたはずの流れが、

どこかで噛み合わなくなっている。


「……違う」


一人が呟く。


「この配置、動画と同じなのに」


別の子が、画面を何度も確認する。


「手順も、角度も、タイミングも合ってる。

なのに……結果が一致しない」


正しい。

間違っていない。


それなのに、

“正しいはずの未来”に辿り着けない。


「なんでだ……」


答えは、誰にも出せなかった。



一方、詠。


自分の台を前に、相変わらず楽しそうにしている。


失敗。

失敗。

そして、また失敗。


教科書的には、完全に負け筋。


沙希は、とうとう笑顔を作れなくなっていた。


「……詠」


成宮も、拳を握りしめる。


「これ、ほんとに大丈夫なのか……」


凛は、言葉を失っていた。

理論が通じない相手を、初めて目の前にして。


すきだけが、詠から目を離せなかった。


(まだ……)


(開いてない)


理由はわからない。

でも、そう感じた。



詠は、レバーに手をかけながら、ぽつりと言う。


「ね」


「正しいやり方って、安心するよね」


誰に向けたわけでもない声。


「でもさ」


アームが下りる。


「安心できるってことは、

そこから外れる“誰か”を想定してないってことだよ」


景品が、崩れる。


配置は、完全に読めない形になる。


観客がざわつく。


「なにあれ……」

「わざと外してる?」


詠は、首をかしげた。


「外してないよ」


「最初から、そこに行く気がなかっただけ」



協会長が、モニターの前で動きを止めていた。


「……違う」


低く、呟く。


「まだだ」


側にいたスタッフが、不思議そうに見る。


「会長?」


会長は、目を細めた。


「彼女は、扉を開けていない」


一瞬の沈黙。


「……だが」


声が、わずかに震える。


「扉の前に立っただけで、この影響だ」


モニターに映るのは、

崩れていく“正しさ”の連鎖。


「理論が、再現できなくなっている。

これは才能でも技術でもない」


会長は、確信する。


「思考体系そのものが、揺らされている」



マセガキ軍団の手が、止まる。


「……もう、読めない」


「次に何が起きるか、わからない」


それは、初めて味わう感覚だった。

動画や誰かの真似で上手くなった感覚に

なっていた

知識が役に立たない。

正しさが、保証にならない。


恐怖。



詠の、最後の手。


台は、もはや“失敗と失敗の積み重ね”。


だが。


アームが下り、

落下の衝撃で、景品が滑り込む。


獲得。


一拍の静寂。


そして、爆発する歓声。


「取った……!」

「嘘だろ……」


沙希が、声を上げる。


「詠!!」


成宮は、呆然と立ち尽くす。


凛は、静かに呟いた。


「……正しさが、負けたんじゃない」


「正しさ“しか”なかったのが、負けたんだ」



マセガキ軍団は、何も言えなかった。


その沈黙に、詠は肩をすくめる。


「上手かったよ」


にっこり笑う。


「だから、壊れただけ」


すきは、胸の奥がざわついていた。


(まだ……前)


(この人、まだ扉の中に入ってない)


会長も、同じことを考えていた。


「……もし、開いたら」


その先を、誰も口にしなかった。


準決勝、決着。


勝者――

昏華チーム。


だが。


本当の異常は、

まだ始まってすらいなかった。

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