第27話 扉の前
準決勝は、静かに狂い始めていた。
マセガキ軍団の台。
これまで寸分違わず再現できていたはずの流れが、
どこかで噛み合わなくなっている。
「……違う」
一人が呟く。
「この配置、動画と同じなのに」
別の子が、画面を何度も確認する。
「手順も、角度も、タイミングも合ってる。
なのに……結果が一致しない」
正しい。
間違っていない。
それなのに、
“正しいはずの未来”に辿り着けない。
「なんでだ……」
答えは、誰にも出せなかった。
⸻
一方、詠。
自分の台を前に、相変わらず楽しそうにしている。
失敗。
失敗。
そして、また失敗。
教科書的には、完全に負け筋。
沙希は、とうとう笑顔を作れなくなっていた。
「……詠」
成宮も、拳を握りしめる。
「これ、ほんとに大丈夫なのか……」
凛は、言葉を失っていた。
理論が通じない相手を、初めて目の前にして。
すきだけが、詠から目を離せなかった。
(まだ……)
(開いてない)
理由はわからない。
でも、そう感じた。
⸻
詠は、レバーに手をかけながら、ぽつりと言う。
「ね」
「正しいやり方って、安心するよね」
誰に向けたわけでもない声。
「でもさ」
アームが下りる。
「安心できるってことは、
そこから外れる“誰か”を想定してないってことだよ」
景品が、崩れる。
配置は、完全に読めない形になる。
観客がざわつく。
「なにあれ……」
「わざと外してる?」
詠は、首をかしげた。
「外してないよ」
「最初から、そこに行く気がなかっただけ」
⸻
協会長が、モニターの前で動きを止めていた。
「……違う」
低く、呟く。
「まだだ」
側にいたスタッフが、不思議そうに見る。
「会長?」
会長は、目を細めた。
「彼女は、扉を開けていない」
一瞬の沈黙。
「……だが」
声が、わずかに震える。
「扉の前に立っただけで、この影響だ」
モニターに映るのは、
崩れていく“正しさ”の連鎖。
「理論が、再現できなくなっている。
これは才能でも技術でもない」
会長は、確信する。
「思考体系そのものが、揺らされている」
⸻
マセガキ軍団の手が、止まる。
「……もう、読めない」
「次に何が起きるか、わからない」
それは、初めて味わう感覚だった。
動画や誰かの真似で上手くなった感覚に
なっていた
知識が役に立たない。
正しさが、保証にならない。
恐怖。
⸻
詠の、最後の手。
台は、もはや“失敗と失敗の積み重ね”。
だが。
アームが下り、
落下の衝撃で、景品が滑り込む。
獲得。
一拍の静寂。
そして、爆発する歓声。
「取った……!」
「嘘だろ……」
沙希が、声を上げる。
「詠!!」
成宮は、呆然と立ち尽くす。
凛は、静かに呟いた。
「……正しさが、負けたんじゃない」
「正しさ“しか”なかったのが、負けたんだ」
⸻
マセガキ軍団は、何も言えなかった。
その沈黙に、詠は肩をすくめる。
「上手かったよ」
にっこり笑う。
「だから、壊れただけ」
すきは、胸の奥がざわついていた。
(まだ……前)
(この人、まだ扉の中に入ってない)
会長も、同じことを考えていた。
「……もし、開いたら」
その先を、誰も口にしなかった。
準決勝、決着。
勝者――
昏華チーム。
だが。
本当の異常は、
まだ始まってすらいなかった。




