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くれげの世界  作者: ぐろ
22/71

第22話 バランスキャッチの神髄

 盤面は、誰が見ても終わっていた。


 景品は奥。

 傾きも悪く、

 初期位置の面影はない。


「……この位置から?」


 観客席がざわつく。


「無理だろ」


「繋ぐしかない」


 ママさんバレーチームは、黙って見ていた。

 さっきまでと同じ、

 必死で、真剣な顔のまま。


 沙希は、ボタンに手を置いていた


 ——笑っていない。


 心臓の音が、うるさい。

 手のひらが、少しだけ汗ばんでいる。


(今までなら)


(ここで、逃げてた)


 繋いで、

 誰かに任せて、

 笑ってごまかして。


 でも。


 すきの言葉が、まだ残っている。


失敗しても怒られないって

分かってる顔だよ


 ——違う。


 今回は、違う。


 沙希は、深く息を吸った。


「……行くよ」


 誰に向けた言葉でもない。

 宣言でも、強がりでもない。


 ただの、決意だった。


 アームが下りる。


 掴みは浅い。

 箱は不安定に揺れる。


「落ちる……!」


 誰かが声を上げる。


 それでも、アームは止まらない。


 ——上がる。


 ——上がり続ける。


 限界まで。

 天井近くまで。


 箱は、

 完全に宙に浮いた。


 会場が、息を止める。


 次の瞬間。


 規定動作で、

 アームが、静かに開いた。


 景品は、

 自由落下。


 一拍。


 角が、床に当たる。


 衝撃。


 重心が崩れ、

 箱が跳ねる。


 ——そのまま。


 景品口へ、一直線。


 音を立てて、

 景品が吸い込まれた。


 ——獲得。


 静寂。


 理解が、追いつかない。


「……は?」


 最初に声を出したのは、成宮だった。


「今の……取れたの?」


 凛は、目を見開いたまま言葉を失っている。


 ママさんチームの一人が、

 思わず手で口を押さえた。


「……あの位置からバランスキャッチ…」


「それで、取った……?」


 すきは、沙希を見ていた。


 笑っていない。

 でも、確かに。


 誇らしそうだった。


 沙希は、ゆっくりと景品を見る。


 胸が、熱い。


 怖かった。

 逃げたくなかったわけじゃない。


 でも。


(……取れた)


 考えなかったわけじゃない。

 誤魔化したわけでもない。


 全部分かった上で、掴んだ。


 沙希は、小さく息を吐いた。


「……これが」


 ぽつりと、呟く。


「バランス、なんだ」


 ママさんチームのリーダーが、

 一歩前に出て、頭を下げた。


「見事です」


「才能じゃない」


「……覚悟ですね」


 沙希は、はじめて、

 少しだけ照れたように笑った。


 でもそれは、

 今までの“役割の笑顔”じゃない。


 勝った人間の、顔だった。


 審判の声が、響く。


「勝者——昏華チーム!」


 次の瞬間。


「沙希!!」


 成宮が駆け寄る。


「すごすぎだろ今の!」


「……理解、追いついてないわ」


 凛も、珍しく感情を隠せていなかった。


 すきは、沙希の前に立つ。


 そして、短く言う。


「逃げなかったね」


 沙希は、しっかり頷いた。


「……うん」


 抱き合うでもなく、

 騒ぎ立てるでもなく。


 でも、

 五人の距離は、確かに縮まっていた。


 会場のモニターに、

 次の対戦カードが、静かに表示される。


 ——昏華チーム、勝ち進む。


 沙希は、画面を見上げながら思った。


(笑顔じゃなくても)


(ちゃんと、立てるんだ)


 その事実が、

 何よりも、嬉しかった。

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