第201話 それぞれの願い
人垣を押しのけて、
小さな男が飛び込んできた。
下衆田下僕。
両手を広げ、
零の前に立つ。
「もうやめるでげす!!」
震えている。
だが、
一歩も引かない。
「これ以上は許さないでげす!!」
周囲の怒号が止まらない。
「どけよ下衆!」
「一緒に追放でいいだろ!」
「信者ごと消えろ!」
下衆田の肩が震える。
それでも、
退かない。
零の前に、
立ち続ける。
空気を裂いて、
また一本のペットボトルが飛んだ。
その軌道に
すきが踏み出す。
両手を広げる。
零の前に立つ。
静止。
「……」
会場が凍りつく。
すきは振り返らない。
まっすぐ前を見たまま言う。
「正直、一条くんにはむかついてる」
一瞬、ざわめきが起こる。
「けど」
静かな声。
「全力で戦って、俯いてる人を――」
一拍。
「貶したり、攻撃したりするのは、許さない」
ペットボトルが床に転がる音だけが響いた。
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その隣に、
神代統が立つ。
静かに、零の肩の横に。
反対側には、
九条全。
売田。
ジョー。
雪平。
バズ子。
自然と円ができる。
守る輪。
誰も打ち合わせていない。
だが、同じ意志だった。
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ざわめきが消えていく。
怒号は止まり、
会場に静寂が落ちた。
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零は、
ゆっくり顔を上げる。
自分を囲み輪になるもの達。
守るように立つすき。
視線が揺れる。
「……余計なことを」
小さく吐き捨てる。
だが声に、力はなかった。
零はゆっくり立ち上がる。
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そのとき。
コツ、コツ、と靴音が響く。
ステージから、
会長が降りてきた。
静かに中央へ立つ。
会場全体を見渡す。
「選手は、全力を尽くした」
低く、しかしよく通る声。
「皆さんどうか――」
一拍。
「敬意をもって接していただきたい」
誰も声を出さない。
誰も動かない。
その言葉の重みを、
全員が受け止めていた。
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やがて、
ステージに呼ばれる三人。
九条全。
神代統。
昏華すき。
残ったSランク三名。
静かな拍手が起こる。
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会長が問う。
「では、
Sランクに残った三人」
「なにか望みはあるかな?」
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すきは、迷わなかった。
「ランク制度の廃止をお願いします」
会場がざわつく。
すきは続ける。
「廃止して、現状のBランク以下の方も――」
「プロを続けさせてください」
沈黙。
すべての視線が会長に集まる。
会長はゆっくり頷いた。
「……わかった」
息を呑む音。
そして、小さな歓声が広がる。
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全が後頭部を掻く。
「それ言われると、おれは別になんもねぇけどなぁ……」
少し考える。
「あっ」
一条を見る。
「おい、一条!」
びくっと肩が跳ねる零。
会場に小さな笑い。
「お前、敬語使え!」
「年上と一期生に!」
沈黙。
会長が零を見る。
「一条、どうする?」
零は小さく息を吐いた。
「……わかりました」
全が親指を立てる。
「よし!」
会場に笑いが広がる。
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神代が頭をかく。
「ん〜、おれは特に無いっすよ?」
視線が流れる。
バズ子と目が合う。
「あぁ、じゃあ――」
少し笑う。
「羽澄さんのスケジュールを一日、確保してください」
「えっ!?」
バズ子が素で驚く。
会場がどっと沸いた。
会長は微笑む。
「わかった」
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プロたちの間に笑顔が広がる。
肩を叩き合う者。
安堵の表情。
涙を拭う者。
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やがて会長は、
プロライセンス所持者たちへ向き直る。
深く、頭を下げた。
ざわめきが止まる。
「私は――」
静かな声。
「才能しか見えていなかった」
言葉が、重く落ちる。
「だが今日、理解した」
ゆっくり顔を上げる。
「これからは、一人一人を
しっかり見守っていきたい」
誰も声を出さない。
だが、
その場にいた全員の胸に、
確かに届いていた。
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新しい時代が、
静かに始まった




