194話 九條恒一①
山頂の空気は、澄んでいた。
風が雲を払い、世界の輪郭だけが残る。
美しい。
だが。
「……また、一人か」
振り返る。
誰もいない。
登り始めたときは十人いた。
笑い声が減り、足音が消え、
最後に残るのは、いつも自分だった。
周囲は言った。
「九條は特別だ」
「才能が違う」
「仕方ないさ」
違う。
止まらなかっただけだ。
だが――
止まらない者は、最後には一人になる。
山頂の景色は美しい。
だが共有する相手がいない景色は、
どこか空虚だった。
⸻
クレーンゲームと出会ったのは偶然だった。
だが恒一は夢中になった。
このゲームは平等だ。
権力も腕力も知識も意味を持たない。
そして到達した。
“ 境地”
景品の重心が語りかける。
アームの癖が呼吸のようにわかる。
そして――
“ 扉”が見える。
“ 人の才能”の形が見える。
世界が、理解できる。
すべてが手の中に収まった。
その夜。
筐体の前で、恒一は立ち尽くした。
「……終わり、か」
達成したはずなのに。
胸が、空っぽだった。
山頂と同じだった。
景色は美しい。
だが共有する者がいない。
孤独は消えない。
⸻
だが、その男を見た瞬間、
心臓が鳴った。
晴谷蓮二。
アームの軌道。
指先の迷いのなさ。
感覚の精度。
まだ境地ではない。
だが――来る。
確信があった。
久しぶりに、胸が熱くなった。
声をかけた。
半年後。
晴谷は境地に至った。
その瞬間、
恒一の胸は歓喜で震えた。
やっとだ。
やっと同じ高さに立つ者が現れた。
語り合える。
共有できる。
この景色を。
孤独は終わる。
そう思った。
だが。
晴谷は振り返る。
山口を見る。
立ち止まる。
待つ。
「……なぜだ」
境地に至ったのなら、
上へ進めばいい。
なぜ待つ。
なぜ振り返る。
理解できなかった。
そして恒一は、
二人の距離を断った。
それが正しいと信じていた。
⸻
数年後。
境地の中で、必死に探していた。
何かが足りない。
何かがある。
背中に衝撃。
振り返る。
壁。
――違う。
意識を広げる。
下がる。
見上げる。
巨大な門。
空を覆うほどの門。
息が止まる。
「……あった」
震える。
涙が滲む。
終わりじゃなかった。
まだ、上がある。
まだ登れる。
希望が、胸を満たした。




