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くれげの世界  作者: ぐろ
最終章“ 神域編”
184/205

第182話 独奏

零の世界が、凍りつく。


吹雪。


白。


灰。


視界はほとんど閉ざされている。


足元の雪は深く、重い。


指先は裂け、血が滲む。


それでも――


零は歩く。


境地の中。


そこは雪山だった。



冷たい風が頬を裂く。


息は白く凍りつき、

肺が焼けるように痛む。


それでも前へ。


前へ。


雪の向こうに、

巨大な影がある。


近づく。


見上げる。


それは壁ではない。


終わりでもない。


――門。


空を覆うほど巨大な門。


零は手を伸ばす。


押す。


動かない。


歯を食いしばる。

肩を当てる。


びくともしない。


爪が割れる。

血が滲む。


それでも押す。


押す。


押す。


吹雪が強くなる。


寒さが骨の奥まで侵入する。


(開けろ)


(開けろ)


(開けろ――)


だが門は沈黙したままだ。



零の胸に、

怒りとも焦燥ともつかない感情が込み上げる。


「……まだ足りないのか」


風に消える声。


そのとき。


耳の奥で――


音が鳴る。


微かな振動。

雪が擦れる音。

風の揺らぎ。

氷が軋む音。


零の絶対音感は、

世界のすべてを音として拾う。


そして。


静寂の中に、

規則が生まれる。



盤面。


アームのモーター音。

回転軸の振動。

景品内部の重心移動。

橋の摩擦。

金属のわずかな共鳴。


すべての音が重なり、


線になり、


旋律になる。



零の脳内に、

一本の譜面が現れる。


最初は断片。


次に連なり。


やがて――


完成する。

フィニッシュまでの楽譜。



その瞬間。


統の境地。


雲の上の白い空。


寝転ぶ統の隣で、


巨大な門が静かに佇む。


その空が――


一瞬、鮮やかな白に輝いた。


(……来た)


統は勘付く。


零の中で、

何かが完成した。



現実。


零の指が動く。


迷いが消えている。


掴む。


持ち上げる。


箱が揺れる。


止まる。


わずかに傾く。


零の脳内では、

旋律が最後の音へ向かう。


“ 独奏”


誰も触れられない旋律。


孤独な完成。



統は息を止める。


(これは――)


(やべぇか)




箱が縁に触れる。


静止。


次の瞬間。


ゴトン。



歓声が爆発する。


だが零は景品を見ていない。

視線は統へ。


同じ領域に触れた者を見る目。



統は、その視線を受け止める。


そして振り返る。


観客席。


仲間たちが立ち上がり、声を張る。


「神代さん!!」

「最高でした!!」

「あなたがナンバー1だ!!」


統の胸が温かく満ちる。


(ああ、やっぱり)


(こっちの方が好きだ)



零はその光景を静かに見つめる。


歓声の中心は自分ではない。


それでも表情は揺れない。


ただ、

ほんのわずかに目を細めた。



統が頭を下げる。


「ありがとうございました」


零は短く息を吐く。


「……悪くなかった」


背を向ける。


勝者の背中は、

どこまでも孤独だった。



アナウンスが響く。


「勝者一条零!!」


だが観客の胸に残ったのは、

勝利の音だけではない。


独奏の完成。


合唱の余韻。


二つの音が重なり、


静かに響き続けていた。

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