第181話 楽しんだもん勝ち
「ちょっと、勝ちたい」
その言葉と同時に、
世界の音が、遠のいた。
⸻
統は、
雲の上に寝転んでいた。
空は、白。
雲も、白。
境界のない世界。
ただ濃淡だけが存在する。
静寂。
音はない。
風もない。
時間すら、流れていない。
それが、
統の扉の中だった。
白と黒だけの世界。
だがそこは、
孤独ではなかった。
静かで。
やさしくて。
どこまでも落ち着く場所だった。
「……やっぱ落ち着くなぁ」
雲に身体を預けながら、
統は隣を見る。
そこに、
それはあった。
空に突き刺さるような巨大な存在。
白黒の世界の中でさえ、
圧倒的な異物。
巨大な門。
輪郭は曖昧なのに、
確かにそこにあると分かる。
触れられない距離。
だが、
確実に呼ばれている。
「神域の門、ねぇ……」
統は寝転んだまま、ぼんやり見上げる。
「でかすぎるだろ、これ」
近づこうとはしない。
焦りもない。
ただそこにある。
まだ、その時ではない。
それが分かるから。
統は目を閉じる。
静寂の中で、
世界がほどけていく。
⸻
次の瞬間。
現実の盤面が、
重なった。
橋の表面。
滑り止めの摩耗。
摩擦の違い。
箱内部の重心の偏り。
すべてが、
白黒の濃淡として浮かび上がる。
まるでレントゲンや、
サーモグラフィーのように。
構造が、見える。
仕組みが、分かる。
力ではない。
流れ。
統の口元がゆるむ。
「……すご」
アームの軌道。
接触角。
落下時の回転。
すべてが、
一つの答えに収束していく。
⸻
観客席から声が飛ぶ。
「神代さん!!」
「まだいける!!」
「いつもの笑顔見せてくれ!!」
統は小さく笑った。
白黒の世界の中で、
確かに見えていた温度。
支えてくれた人たち。
晴谷の背中。
自分を笑顔にしてくれた時間。
「あーあ」
楽しそうに息を吐く。
「やっぱ勝ちたくなるよね、こういうの」
⸻
横移動。
最短距離。
奥行。
迷いなし。
アームが降りる。
触れる。
持ち上がる。
箱がわずかに回転し、
橋の弱点へ滑る。
会場がざわめいた。
「動いた!!」
「さっきまでビクともしなかったのに!」
統の目は、
子供のように輝いている。
「なるほど……そういう構造か」
⸻
零の眉が、わずかに動く。
統は静かに構える。
「一条さん」
柔らかく言う。
「この台、最高っすね」
返事はない。
だが、
零の指先に宿る緊張は、
確かだった。
統は雲の上の静寂を背に、
ボタンを握る。
楽しんだもん勝ち。
でも今日は――
その先へ




