第180話 神代統
神代統にとって
生まれたときから、
世界は二色だった。
白と黒。
両親が異変に気づいたのは、
統が五歳のとき。
クレヨンで描いた絵。
空は灰色。
木は黒。
人の顔は、白と黒の濃淡だけ。
「……統、この色は?」
母が優しく聞いた。
統は首をかしげた。
「え?みんなこうでしょ?」
その日から、
家の空気が少し変わった。
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幼稚園。
塗り絵の時間。
周りの子の絵はカラフルなのに、
統の紙だけがモノクロだった。
「なんか変」
「気持ち悪い」
「なんでその色なの?」
避けられるようになった。
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両親は必死だった。
なにか、統が自信を持てるものを。
ピアノ。
空手。
サッカー。
水泳。
どれも長く続かなかった。
そんな中、統が静かに惹かれたのは――
書道だった。
白い紙。
黒い墨。
統の世界と同じだった。
筆を走らせるたび、
周りと同じ視点に立てる気がした。
みるみる上達し、
書道コンクールで金賞を取った。
そのとき、初めて
「すごいね」
と言われた。
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だが、小学校の絵画コンクール。
統は大好きな冒険アニメの主人公を描いた。
肌は紫。
背景は緑。
目は水色。
彼に見えている通りに描いた。
廊下に飾られた作品の前で、
「うわ、気持ち悪っ」
「悪魔みたい」
その言葉を、
統は聞いてしまった。
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学校へ行かなくなった。
部屋の中。
テレビのアニメを見ながら思う。
(みんなには色があるんだ)
(僕にはない)
(同じ世界を見てないんだ)
小学四年の冬。
統は、ふらりとゲームセンターに入った。
ガラスの中にあった、
大好きなアニメの主人公のフィギュア。
財布には1000円。
クレーンゲームなんてやったことがない。
お金の入れ方もわからず、
筐体の前で立ち尽くしていた。
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「ぼうず、その台やるのか?」
振り返ると、
青年が立っていた。
晴谷蓮二。23歳。
統は小さく頷いた。
100円。
200円。
300円。
無言で見守る晴谷。
1000円。
取れなかった。
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「……もうやめるのか?」
「お金、ない」
「そうか」
晴谷はコインを入れた。
「よく見てろ」
アームが降りる。
触れる。
滑る。
傾く。
落ちる。
ゴトン。
統の目が大きく開いた。
「今のどうやって!?」
景品口からフィギュアを取り出し、
統に手渡す。
「くれるの?」
「ああ」
統の顔に、久しぶりの笑顔が浮かんだ。
晴谷が笑う。
「ちゃんと笑えるじゃねぇか」
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帰り道。
「そのキャラ好きなのか?」
統は夢中で語った。
仲間を大切にする。
前向き。
みんなを明るくする。
ヒーローみたいなんだ。
晴谷は笑顔で聞いていた。
「そうか。そんな風になれるといいな」
統の表情が曇る。
色が見えないこと。
学校のこと。
不登校のこと。
全部、話した。
晴谷は黙って聞いた。
そして言った。
「いいじゃねぇか」
統は顔を上げた。
「色が見えても、つまんなそうに生きてるやつなんて腐るほどいる」
一拍。
「お前が見えてる世界でさ、楽しもうぜ」
統の目が揺れる。
晴谷は笑った。
「楽しんだもん勝ちだ」
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それから二人はよく会うようになった。
晴谷は教えない。
「見て覚えろ」
統は見て、真似て、失敗して、また挑戦した。
やがて一人で取れるようになった。
⸻
高校から学校にも通い始めた。
世界は相変わらず白黒だった。
でも、
統の中の世界は、明るかった。
晴谷の言葉が残っていた。
楽しんだもん勝ち。
そして、
自分が好きだったヒーローのように。
明るく。
仲間を大切に。
誰かを元気にできる人間に。
神代統は、そうして成長した。
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準決勝の舞台。
観客席からの声が響く。
「神代さん!!」
統は小さく笑う。
(ああ、楽しい)
(でも、今日は)
視線が零を捉える。
(ちょっと)
(勝ちたい)




