第179話 勝ちたくなってきた
零の指が、静かにボタンを押す。
アームが降りる。
触れる。
持ち上がる。
箱がわずかに揺れる。
内部で重心が転がる音。
そして――
箱が、橋の縁に沿って
滑るように前進した。
「おおっ!」
「今の押してないぞ!?」
「流れで動いた!?」
観客席がざわつく。
零は盤面を見ていない。
耳を澄ませている。
モーターの回転音。
金属フレームの振動。
内部の重心が移動する微かな接触音。
それらすべてを聞き分け、
最適な角度と接触点を導き出している。
実況が声を張る。
「一条選手、音から内部構造を読んでいるのか!?」
「これが……Sランクの領域……!」
箱は確実に前進していた。
⸻
観客席から声が上がる。
「同じSランクでも……」
「一条が有利か?」
「神代、押されてるぞ……」
⸻
統は盤面を見つめ、
小さく息を吐いた。
「……いやぁ」
苦笑する。
「やっぱ一条さん上手いなぁ」
視線を落としながら呟く。
「こりゃあ厳しいか?」
⸻
観客席。
羽澄が身を乗り出す。
「統くん……」
小さく祈るような声。
⸻
そのとき。
客席後方から声が飛んだ。
「神代さん!!」
別の声。
「まだまだこれからっす!!」
「いつもみたいに見せてください!」
「あなたの笑顔に救われたんだ!!」
「諦めんな!!」
さらに声が重なる。
「あんたがナンバー1だ!!」
「神代さん!!」
「楽しませてくれ!!」
会場のあちこちから声が上がる。
ランクは関係ない。
統に声をかけられ、
励まされ、
笑顔に救われ、
この厳しい世界で踏ん張ってきたプロたち。
その全員の声だった。
⸻
統はゆっくり顔を上げる。
驚いたように周囲を見る。
そして――
少し照れたように笑った。
「あぁ……」
小さく頷く。
視線を零へ戻す。
「一条さん」
零は無言。
統は肩の力を抜いた。
「楽しけりゃいいかなって思ってましたけど」
一拍。
目が、まっすぐになる。
「ちょっと勝ちたくなってきちゃいました」
静寂。
会場の空気が変わる。
零の指が、わずかに動いた。




