第178話 知ってるか
一条零 vs 神代統
アームが静かに待機音を響かせる。
難易度レベル5。
内部で重心が微かに動く気配。
橋幅は狭く、アームの出力は一定ではない。
通常の再現性は通用しない。
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一手目
統が軽く肩を回す。
「いやぁ……」
台を覗き込みながら、
「楽しそうですねこれ」
その声に観客席から小さな笑い。
統のアームが降りる。
狙いは無理をしない中央付近。
軽く触れ、
箱の向きをわずかに整える。
「おぉ、慎重だ」
「様子見か」
箱は静かに止まる。
統は満足そうに頷いた。
「うん、クセ強いっすね」
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零は無言。
ボタンに手を添えたまま、
盤面ではなく――
音を聞いている。
アームのモーター音。
金属フレームの微振動。
内部で転がる重心の微かな接触音。
零のアームが動く。
最小の移動。
触れる。
わずかな振動。
箱が、ほんの数ミリ滑る。
「……今の何だ?」
「触っただけだぞ?」
観客のざわめき。
箱の底面が橋の縁に対して
わずかに角度を変えた。
零は視線を上げない。
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二手目
統が盤面を覗き込み、笑う。
「なるほどなるほど」
「やっぱり普通じゃないっすね」
アームを横へ流す。
角を軽く押す。
箱が小さく回転。
内部で“コトッ”と何かが転がる。
統の目が輝く。
「うわ、重心動くんだ」
「最高じゃないですか」
会場からどよめき。
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零の番。
ボタンに触れる直前、
零が口を開いた。
「……おい」
統が顔を上げる。
「はい?」
「境地の中の門」
静寂。
「存在を知っているか」
観客席がざわつく。
統は少し考え、
「あぁ」
あっさり頷く。
「あの、ばかでかいやつですね」
「開かないんすよね、あれ」
「押しても引いてもびくともしない」
軽く首を傾げる。
「あの先、なにかあるんすか?」
零の目がわずかに細くなる。
(……やはり知っていたか)
「開け方はわからん」
短く答える。
「だが、あの先は――」
一拍。
「“ 神域”と呼ばれているらしい」
統の目が輝いた。
「へぇぇ……」
「楽しそうっすね」
そして、にやっと笑う。
「てか一条さん、今日よく喋りますね?」
「滾ってるんすか?笑」
観客席から小さな笑いが漏れる。
零の眉が、わずかに動いた。
次の瞬間、完全に無視。
ボタンを押す。
⸻
アームが降りる。
金属が触れる音。
振動。
内部の重心が――動く。
零の耳が、わずかに反応する。
(……今の音)
アームが持ち上がる。
箱が止まる。
だが――
橋の縁に対する接地角が、
先ほどよりも明確に変化している。
観客がざわつく。
「さっきと違うぞ…」
「角度作ってる?」
零の指が、ボタンから離れない。
耳は、台の内部へ向けられている。
モーター音。
振動音。
重心の転がる音。
微かな周期。
(……見つけた)
難易度レベル5。
その突破口へ。
零の聴覚が、静かに研ぎ澄まされた。




