第173話 尊敬してるさ
静まり返る会場。
先に動いたのは——全だった。
大胆な一手。
アームを深く入れ、
箱の位置を大きく崩す狙い。
観客がざわめく。
だが——
次の瞬間。
零のアームが動く。
そして止まった位置は、
全と
まったく同じ。
「……は?」
「同じだ」
「完全に一致してる」
「まさか……わざと?」
全が舌打ちする。
零の表情は変わらない。
ただ静かに、
余裕をまとっていた。
⸻
二手目
全は箱の下角をすくい上げるように触れる。
傾きが整い、形が安定する。
「上手い!」
花形が思わず声を上げる。
だが。
零は一手目と同じように、
まったく同じ動きで
まったく同じ形に整えた。
観客席がどよめく。
統が小さく笑う。
「……あぁ、ほんといい性格してるなぁ」
⸻
零が口を開く。
「おい」
全は睨み返す。
「初期位置戻し……だったか?」
一瞬の静寂。
「特別に使ってもいいぞ」
会場がざわめく。
実況が慌てて声を上げた。
「一条選手が九条選手に
初期位置戻しの特別ルールを提案!」
「会長、この場合どうなるんでしょう?」
会長は静かに答える。
「本人同士の合意のもとなら、構わん」
「というわけで——
初期位置戻し使用可能です!」
観客がざわつく。
全が低く言う。
「……バカにしてんのか?」
零は肩をすくめた。
「いや、尊敬してるさ」
一拍。
「このクレーンゲームブームの立役者、
協会会長様の——バカ孫をな」
空気が凍る。
全の拳が震える。
「……使わねぇよ」
零はやれやれ、と小さく息を吐いた。
⸻
三手目
全が動く。
——いや。
零のアームが、
コンマ何秒、
早く動いた。
ほぼ同時。
同じ位置。
同じ狙い。
二本のアームが同時に降りる。
持ち上がる。
傾く。
落ちる。
ゴトン。
音は——
ひとつだった。
⸻
「勝者——
一条 零!!」
会場が爆発する。
圧倒的格差。
完全なる支配。
下克上は——
成立しなかった。




