第166話 おれにできること
盤面の静寂。
売田と金剛の対峙。
その横で——
すきが小さく呟く。
「……売田さん、
自分のこと低く見すぎなんだよね」
全が腕を組む。
「自分が思ってるより、
周りは評価してる」
バズ子が笑う。
「でも自己評価低い男って、
伸びしろの塊よね♡」
ジョーは静かに頷いた。
「彼は……戦い方を知っている」
雪平が柔らかく言う。
「現場で生きてきた人の勘は、
理論より深いことがあるの」
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少し離れた観客席。
統が、
楽しそうに腕を組む。
「一条さん、
どっちが勝つか賭けようか?」
零は視線も動かさない。
「くだらん」
一拍。
「同じ方に賭けるのに、
成立しないだろう」
統は吹き出した。
「ははっ、違いない」
そして嬉しそうに言う。
「でもさ、
ああいうのが勝ったら面白いよね」
零は答えない。
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——売田の脳裏に、
ジョーとの特訓の日々が蘇る。
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古い倉庫。
転売ズのアジト。
「なぁジョー」
売田は筐体の前で腕を組んでいた。
「お前、プレイするとき
なに考えてる?」
ジョーは少し考える。
「……霧」
「は?」
「静かな霧の中。
腕のミサンガ」
売田は眉をひそめる。
「……ミサンガ?」
ジョーが腕を見る。
「守られている感じがする」
「……よくわからん」
売田は頭をかく。
「とりあえず、
おれのプレイ見て
アドバイスくれ」
コイン投入。
アームが降りる。
箱を回転させる。
整える。
美しく盤面を作る。
売田は胸を張る。
「これがおれの
転売回しだ!!」
どや顔。
ジョーは静かに言った。
「もっとよく見たほうがいい」
「時間の使い方が、
バランス悪い」
売田は固まる。
「……時間?
バランス?」
意味が分からなかった。
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現在。
金剛のプレイ。
押さない。
ぶつけない。
流す。
まるで合気道。
力ではなく、
流れ。
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(……違う)
(おれと違う)
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ジョーの言葉が蘇る。
時間。
バランス。
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箱が触れる瞬間。
止まる瞬間。
動き出す瞬間。
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売田の瞳が細くなる。
(……)
(間)
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(間がちげぇ……)
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なるほど。
ジョーが言いたかったこと。
未来を見るんじゃない。
流れを作るんじゃない。
間を読む。
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(おれには
ジョーみたいな目はねぇ)
(相棒みたいに未来も見えねぇ)
(理論もねぇ)
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だったらどうする?
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(嗅げ)
(嗅ぎ分けろ)
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場の空気。
流れ。
揺れ。
重心。
客の息。
筐体の癖。
今まで、
そうやって生き残ってきた。
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売田の呼吸が変わる。
目の奥の焦りが消える。
金剛の動きを見つめる。
その流れの“隙間”。
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ボタンに手を置く。
静寂。
実況が息を止める。
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「売田選手、
動きません!」
「どうした……?」
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一秒。
二秒。
三秒。
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売田が笑う。
「なるほどな……」
「こういうことか」




