第164話 バフ中毒者
試合前の控えスペース。
売田は、雪平の前で
両手を合わせていた。
「なぁ、いいだろ?」
雪平は無言。
「頼むよ」
まだ無言。
「な?」
さらに身を乗り出す。
「なぁ姉ちゃん」
「いいだろ?な?」
「おれぁあれがねぇとダメなんだよ」
必死だった。
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すきが近づく。
「……何してるんですか?」
全も覗き込む。
ジョーも静かに立つ。
バズ子はスマホを構えた。
売田は振り返り、真顔で言う。
「バフを、お願いしてる」
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沈黙。
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「……え?」
すきが引いた。
「……バフ中毒?」
バズ子、爆笑。
「やば♡ 禁断症状出てるじゃん♡」
全はため息をついた。
「ちょっと見直してたのに」
「人は変わらねぇな」
ジョーは無言で頷いた。
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売田は気にしない。
「頼むよ姉ちゃん」
「残ってんだろ?」
「おれ、相手Aランクなんだよ」
「な?わかるだろ?」
へへ、と卑屈に笑う。
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雪平は静かに言った。
「太刀川さんとの試合は無難でしたから」
「多少の余力はあります」
売田の目が輝く。
「だろ!?」
「だろ!?姉ちゃん!」
「おれはよォ!」
「相手Aランクなんだよ!」
「な?必要だろ?」
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すき、ドン引き。
全、呆れ。
ジョー、静観。
バズ子、腹を抱えている。
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「……わかりました」
雪平がため息をついた。
「少しだけです」
指先が、わずかに光る。
境地の力が分配される。
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売田の肩が震えた。
「おぉ……」
「きた……」
「きたきたきた……」
目が、ガンギマる。
「これだよ、これ!!」
拳を握る。
「よし!!」
「Aランク?」
「どっからでもかかってこいやァ!!」
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遠くから、
神代統がけらけら笑っている。
「ははは!最高だなぁ売田さん!」
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その横で。
一条零は、冷たく言い放つ。
「……醜いな」
「他者の力に依存する弱者」
視線を雪平へ向ける。
「それを与える者も同罪だ」
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雪平は何も言わない。
ただ静かに立っている。
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対戦台の前。
金剛良樹は売田を見ていた。
そして、
雪平を見る。
そしてまた売田を見る。
「……こいつマジか」
小さく呟いた。
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アナウンスが響く。
「次の試合――」
「Bランク 売田転」
「対」
「Aランク 金剛良樹」
会場がざわつく。
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売田は肩を回しながら前へ出た。
「よぉAランク」
にやりと笑う。
「狩られる準備はできてるか?」
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金剛は無言で構えた。
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アナウンス。
「——試合、開始」




