表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くれげの世界  作者: ぐろ
最終章“ 神域編”
163/205

第161話 奪われない場所

音が支配する空間。


モーター音。

振動。

共鳴。


零が作り出した音の支配が、

ジョーの静寂を侵していた。


呼吸が乱れる。


集中が、削られる。


静止できない。


——そのとき。


ふいに、別の音が蘇った。


笑い声。


ざわめき。


金属音。


段ボールが擦れる音。


誰かが缶を落とす音。


遠慮のない、生活の音。



転売ズのアジト。


巨大な倉庫。


人が出入りするたび、

両手いっぱいの商品が運び込まれていく。


「お、売田さんお疲れ様です!」


「おう」


次々に声が飛ぶ。


ジョーは周囲を見回した。


(……犯罪集団?)


一人の男が笑う。


通訳アプリ越しの声。


「ははは、こいつ俺たちを犯罪集団だと思ってますよ!」


「なんだそれ!」


爆笑。


倉庫中に笑い声が広がる。


ジョーは戸惑った。



月末締め日。


恒例の飲み会。


「今月もお疲れ〜!」


一人ずつ給料袋を受け取り、

安い酒を手に乾杯が起こる。


「おいジョー、遠慮するな、飲め!」


「あ、お前未成年か」


「誰かノンアル!」


差し出されたのは、りんごジュース。


ジョーはゆっくり飲んだ。


甘い。


喉を通る温かさ。


騒がしい笑い声。


くだらない冗談。


誰かが酔って転ぶ音。


その音の中で——


ジョーの胸に、懐かしさが広がった。


母国の盗賊団。


古いアジト。


仲間たちの笑い声。


火のはぜる音。


眠りにつく夜。


(……似ている)


気づけば、

肩の力が抜けていた。


その夜。


ジョーはアジトに泊まった。


深く、眠った。


盗賊団を失ってから、


初めての熟睡だった。



翌朝。


目を覚ますと、


布団が掛けられていた。


「ちょっとあんた!

 いつまで寝てるの!」


会計係の中年女性が怒鳴る。


「転売できぬ者、

 食うべからず!」


壁に貼られた紙を指さす。


《転売ズの心得》


ジョーは目を瞬いた。


「早く行きなさい!」


通訳アプリ越しに理解する。


「今日は限定プラモデルの抽選日!

 10時までに並ぶのよ!」



指定された場所。


抽選列。


昨夜のメンバーが並んでいた。


「お?ジョーじゃねぇか!」


「加勢に来てくれたのか!」


「抽選は人数勝負だからな!」


流されるまま並ぶ。


抽選。


限定3個。


結果。


当選。


——ジョー。


「うおおおお!!」


「でかした!!」


「神か!!」


1万円のプラモデルが、

10万円になるらしい。


理由はわからない。


だが。


喜ぶ仲間たちを見て、


ジョーは笑った。



アジトに戻ると、


売田がいた。


「おう、話は聞いたぞ」


「手柄だったな」


売田は5万円を差し出す。


「取り分だ」


ジョーは首を振る。


代わりに、通訳アプリを差し出した。


『お願いがあります』


売田が眉を上げる。


『日本語を、教えてください』


一瞬。


倉庫が静かになる。


そして。


誰かが笑った。


「おいおい、入団希望かよ!」


爆笑。


売田は頭をかいた。


「……しょうがねぇな」


小さく笑う。


「まずは

 “お疲れ様です”から覚えろ」


再び笑い声が広がる。


騒がしい。


くだらない。


温かい。


その音の中で——


ジョーは思った。


(……ここは)


(奪われない場所だ)




静寂は、壊されない。


なぜなら——


静寂は孤独ではない。


ジョーは目を開いた。


呼吸が整う。


世界が、遅くなる。


零の音が遠ざかる。


時間が、止まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ