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くれげの世界  作者: ぐろ
最終章“ 神域編”
162/205

第160話 音の支配

試合開始の合図。


カチッ。


硬貨の残響が消え、

会場のざわめきが遠ざかる。


零は、目を閉じた。


観客がざわつく。


「え?」

「見ないの?」


次の瞬間。


ゆっくりと、息を吸う。


――聴く。


モーターの回転音。

アーム関節の微振動。

ガラス面の共鳴。

景品箱の内部で擦れる重心音。

筐体が床に伝える微細な振動。


すべてが、重なり合う。


音が、形になる。


音が、位置になる。


音が、世界になる。


零は、目を開いた。



横移動。


迷いがない。


奥行。


止まる位置に、躊躇がない。


アームが下りる。


掴む。


持ち上がる。


そして。


箱は滑るように動き、

橋の最適位置へ整った。


観客がざわめく。


「はやっ……」

「正確すぎる」


まだ一手目。


それだけで、

盤面の主導権は奪われていた。



ジョーは、動かない。


ただ盤面を見る。


静かに。


呼吸は一定。



零の二手目。


アームが下りる前に、

零はわずかに指を止めた。


耳が、震える。


モーターの回転数。


わずかな負荷。


重心の傾き。


そして——


箱内部の空洞が鳴らす空気振動。


零の口元が、わずかに動く。


「……軽い」


観客には意味が分からない。


だが次の操作。


箱は回転しながら理想角度へ。


完全なリーチ。


会場がどよめく。


「もう!?」

「早すぎる!」



ジョーの手番。


静寂。


アームが動く。


揺らす。


整える。


確実な一手。


だが。


零の作った盤面の“音”が残っている。


ジョーは、わずかに眉を動かした。


(……干渉している)


音の余韻。


振動の残響。


筐体の微細な揺れ。


空間の“状態”が、

零の支配したまま残っている。



観客席。


統が身を乗り出す。


「うわ……すごいな」


すきは息を呑む。


「音で……盤面を支配してる」


全が呟く。


「これ……相手のリズムまで崩すやつだ」


売田が低く言う。


「厄介だぞ、あれは」



零の三手目。


目を閉じる。


会場の音が、消える。


いや。


零の中で消されている。


モーター音。


振動。


空気の鳴り。


すべてが整列する。


境地。


音の世界が、極限まで研ぎ澄まされる。



零の中で、


世界が静止した。


音だけが存在する。


振動だけが真実になる。


重力の流れさえ、聴こえる。



アームが下りる。


その瞬間。


ジョーの瞳が、わずかに揺れた。


箱が回転し、


落下寸前で止まる。


完璧なリーチ。


会場が悲鳴のようにどよめいた。


「やばい……」

「もう終わるぞ」



ジョーの番。


盤面を見る。


呼吸。


静寂。


だが。


静寂の奥に、

微かな残響がある。


零が残した音。


支配された空間。


ジョーはゆっくり目を閉じた。


世界が、遠ざかる。


だが——


音が消えない。


零の作った振動が、

空間に残っている。


静寂が、侵されている。


ジョーの指が、わずかに止まる。


観客が息を呑む。



零が静かに言った。


「静けさは、音の不在ではない」


ジョーは目を開ける。


零の視線が突き刺さる。


「支配されていない音が、

 存在しないだけだ」



初めて。


ジョーの呼吸が、乱れた。



会場の空気が凍る。


誰も、声を出さない。



絶対音感。


境地により極限まで研ぎ澄まされた感覚。


音で盤面を制し、

音で空間を支配し、

音で相手のリズムを狂わせる。


それが——


一条零。



ジョーの手が止まったまま動かない。


次の一手を、決められない。



静寂が崩れる。



ピンチ

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