第159話 A対S
「次の試合は――」
アナウンスが途切れる前から、
会場の空気が変わり始めていた。
ざわめきは、期待のざわめき。
観客の視線が、
一人の男へと集まる。
一条 零。
Sランク。
二期生。
頂点に立つ者。
零はゆっくりと歩き、
試合台の前で立ち止まった。
その目に、感情はない。
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試合開始前。
零は、進行スタッフではなく——
協会席へ向かって歩いた。
会場がざわつく。
「……?」
零は会長を見上げる。
「確認したい」
静かな声。
「Sランクは勝ってもメリットが無い」
会場がざわめいた。
続ける。
「下位を蹴落とすだけの儀式なら、
参加する意味はない」
ざわめきが広がる。
空気が張り詰める。
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会長は微動だにしなかった。
ゆっくりと口を開く。
「この入れ替え戦後——」
静かな声が、会場の隅々まで届く。
「Sランクだった者には、
私の権限内で叶えられる望みを叶えよう」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「おお……」
「マジか……」
「なんでも?」
会場がどよめいた。
零の目が、わずかに細まる。
「……なるほど」
それだけ言うと、
零は台へ戻った。
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観客席の熱が一段上がる。
「望みを叶えるって何だ?」
「賞金じゃないのか?」
「推薦権?スポンサー?」
期待と興奮が渦巻く。
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対戦台の反対側。
ジョーは静かに立っていた。
まるで、
嵐の外にいるような静けさ。
呼吸は一定。
視線は盤面。
何も揺れていない。
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そこへ。
「ジョー」
すきが声をかける。
全、売田、バズ子も並ぶ。
「……来たな」
売田が腕を組む。
「相手はSランクだ」
「零だぞ」
全が言う。
「だからなんだ」
ジョーは静かに答える。
声に力みはない。
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バズ子が笑う。
「今日一番の舞台よ♡」
売田がニヤリとする。
「盛り上げてこいよ」
全が肩を叩く。
「1期生の意地、見せてやれ」
すきはまっすぐ目を見る。
「楽しんできてください」
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ジョーは少しだけ驚いた顔をした。
そして。
小さく笑った。
「……ああ」
短い返事。
それだけ。
だが。
その一言に、
不思議な安心感があった。
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ジョーが台へ向かう。
観客のざわめきが強まる。
「Aランクが零に挑むのか」
「無理だろ……」
「いや、ジョーは違うぞ」
空気が熱を帯びていく。
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零はすでに盤面を見ていた。
視線は動かない。
だが——
耳が、わずかに震えている。
絶対音感。
アームの微かな振動音。
モーターの唸り。
筐体の共鳴。
硬貨の残響。
すべてが音として届く。
盤面の「状態」が、
音として視える。
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ジョーは台の前に立つ。
静寂。
まるで音が消えたような空間。
零がゆっくり視線を向ける。
「……静かだな」
ジョーは答える。
「B以下に大事な仲間がいる」
零の眉が、わずかに動く。
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アナウンスが響く。
「本日最注目の一戦!」
「Aランク
ジョー!」
歓声。
「対するは——」
「Sランク
一条 零!!」
会場が爆発する。
歓声。
拍手。
熱気。
期待。
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すきは拳を握る。
全はニヤリと笑う。
売田は腕を組む。
バズ子はスマホを構える。
観客席の統が楽しそうに手を振る。
零の信者たちが叫ぶ。
空気が、沸騰する。
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だが。
対戦台の中央だけは。
静かだった。
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「試合開始準備——」
一拍。
静寂。
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今日一番の大一番。
Aランク ジョー
vs
Sランク 一条零
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開幕。




