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くれげの世界  作者: ぐろ
最終章“ 神域編”
160/205

第158話 初心

翌日



「次の試合を開始します」


アナウンスが静かに響く。


会場の空気が、

少しだけ柔らいだ。


派手な対決ではない。


だが、

誰も席を立たなかった。



高橋桜(たかはしさくら)


Dランク、三期生。


胸の前で両手を握りしめている。


(震えてる……)


止めようとしても、

指先が言うことを聞かない。


目の前にいるのは——


Aランク

昏華すき。


一期生。

トップ層のプレイヤー。


(私が……この人と……)


怖い。


でも。


胸の奥には、

別の感情があった。


(ここに立てた)


(私、ここまで来たんだ)



「よろしくお願いします!」


声が少し裏返る。


それでも、

深く頭を下げた。


観客席から、

小さな拍手が起きる。


すきも丁寧に礼を返す。


「よろしくお願いします」



試合開始。


桜の操作は、

ぎこちない。


けれど、

丁寧だった。


横移動。


慎重に合わせる。


奥行き。


呼吸を止める。


アーム下降。


持ち上がる。


——落ちる。


「……っ」


小さく息を呑む。


それでも、

姿勢を整える。


祈るように次の一手を入れる。



観客席。


「三期生だよな」

「でも丁寧だ」

「いいプレイする」


小さな声が広がる。


桜の耳には入らない。


ただ、

箱を見ている。



すきの操作は静かだった。


横。

奥。

下降。


掴む。


寄せる。


無駄がない。


「やっぱAランク」

「精度が違う」


そんな声が漏れる。



桜は、

その言葉を遮断していた。


クレーンゲームなんてやらせる為に

育てたわけじゃないぞ!


いいから父さんの言うことを聞いて

大学に進学しなさい!



あの日の言葉が蘇る。


それでも。


諦めなかった。


(私は——)


アームを下ろす。


箱が、

大きく揺れた。


「おおっ!」


会場がどよめく。


あと少しで落ちる位置。


桜は目を見開く。


(届くかも……)


胸が、

跳ねる。


「……ここに立てただけで、嬉しいです」


思わず、

声に出ていた。



その言葉に、


すきの指が止まる。


胸の奥が揺れた。


(……あ)


初めて取れた日のこと。


家族で行ったゲームセンター。


景品が落ちた瞬間。


胸が跳ねるほどの喜び。


(あの気持ち)


遠くに置いてきていた。



桜の一手。


箱がさらに傾く。


観客が前のめりになる。


桜の手が震える。


(お願い……)



すきは盤面を見る。


(いい形だ)


(届く位置にいる)


胸の奥が、

静かに温かくなる。


(初心のままじゃ届かない)


(でも)


(初心を忘れたら、進めない)


ボタンを押す。


横移動。


奥行き。


下降。


アームが箱を捉える。


ゆっくり持ち上がり——


橋の外へ滑る。


落下。


ゴトン。



静かな音。


「決着!」



桜は動けなかった。


悔しい。


でも。


胸がいっぱいだった。


ゆっくり頭を下げる。


「ありがとうございました!」


声が震える。


すきは静かに答える。


「こちらこそ」


本心だった。



桜が去るとき。


三期生の仲間が駆け寄る。


「桜すごかった!」

「あと少しだった!」

「泣くなよ!」


桜は笑った。


涙で滲みながら。


「……楽しかった」



すきは台を見つめる。


(まだ足りない)


雪平。

晴谷。


あの背中。


自分はまだ届いていない。


でも。


胸の奥に、

確かな感触が残っている。


(私は)


(進みたい)



観客席。


統が楽しそうに拍手する。


「いいねぇ〜!

 桜ちゃん最高だったよ!」


「初心って大事だよねぇ」


隣で零は腕を組む。


「所詮、力量差のある試合だ」


だが視線は外していない。



通路の壁にもたれた全が、

小さく笑う。


「いい顔してたな」


ぽつりと呟く。


「負けても、ああいう顔できるなら

 まだ強くなる」



すきが通路へ戻る。


全と目が合う。


「昏華。」


「ん?」


短い沈黙。


「……楽しかったか?」


すきは少し考え、


小さく頷いた。


「うん。」


全は笑った。


「ならいい。」



その瞬間。


すきの胸の奥で、


ドクン


小さく、

鼓動が響いた。


まだ遠い。


だが確かに——


何かが、

扉の奥で動いていた

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