第16話 正しさの値段
一回戦を突破したという事実は、確かにそこにあった。
だが、昏華チームの控室に満ちていたのは、歓声よりも――次を測る沈黙だった。
「……生きた心地しなかった」
成宮が、ようやく肩の力を抜く。
「最後の100円、心臓止まるかと思った」
「凡人のくせに、いい仕事したじゃん」
沙希が笑って肩を叩く。
「ま、ここからが本番だけどね」
すきは、テーブルに並べられたフィギュアを見つめていた。
指先で一体を軽く回し、何も言わない。
雨瑠は、モニターを見ていた。
――二回戦、対戦相手。
画面が切り替わる。
二回戦 対戦相手
チーム名:転売ズ
「……転売?」
沙希が眉をひそめる。
続いて表示されたデータに、成宮が息を呑んだ。
「取得率、高……。
使用金額も、無駄がない」
平均手数。
成功配置率。
すべてが、異様なほど整っている。
凛は、無言のまま数字を追った。
――理解できる。
この数字の意味が、すべて。
⸻
転売ズ リーダー売田 転
売田は、人付き合いが得意ではなかった。
会社に入っても、輪の中に入れない。
雑談のタイミングも分からず、
気づけば、話しかけられることもなくなった。
辞める決断は、早かった。
実家に戻り、部屋にこもる日々。
親の視線は、責めているわけではない。
それでも、胸に刺さる。
――自分は、何もしていない。
ある日、言われた。
「一日中家にいるなら、
その時間で何かできないの?」
責める声ではなかった。
だからこそ、逃げ場がなかった。
その時、ふと思い出した。
ネットで見かけた、限定グッズの情報。
平日の朝。
誰も並ばない時間。
列に立ち、購入する。
それが、定価の十倍で売れた。
画面に表示された金額を見た瞬間、
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
――役に立った。
それだけで、よかった。
同じような境遇の人間が、自然と集まった。
転売ズ。
クレーンゲームは、効率がいい。
再現性が高く、在庫も安定している。
正義か悪か。
社会に必要か不要か。
売田にとって、そんなものはどうでもよかった。
稼げる。
仲間が喜ぶ。
親が、笑う。
それで、自分は肯定される。
⸻
「クレーンゲームを、
収益構造として理解しているチームだ」
モニター越しに、協会長が言った。
「無駄な一手がない。
成功率を最優先し、
常に“正しい手”を選び続けている」
正しい。
合理的。
効率的。
凛の胸の奥が、微かにざわついた。
――わかる。
この人たちのやり方は。
成功確率の高い配置。
安全な手順。
負けないための選択。
それは、かつての自分と、よく似ていた。
「でもさ」
沙希が、軽く首を傾げる。
「なんか……
クレーンが、作業みたいじゃない?」
「作業?」
成宮が聞き返す。
「うん。
遊んでない感じ?」
凛は、その言葉を否定できなかった。
⸻
転売ズの控室。
売田は、仲間たちの会話を静かに聞いていた。
「次も、いつも通りでいいな」
「ああ。
効率落とさなきゃ、問題ない」
“いつも通り”。
その言葉が、売田を安心させる。
正しい手順。
正しい結果。
間違えなければ、否定されない。
それでいい。
それだけで、十分だった。
⸻
モニターに、試合開始の表示が灯る。
「二回戦、開始です」
凛は、小さく息を吸った。
正しさの塊のような相手。
理解できてしまう相手。
そして――
だからこそ。
胸の奥に、
嫌な予感が、確かにあった。




