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くれげの世界  作者: ぐろ
16/62

第16話 正しさの値段



 一回戦を突破したという事実は、確かにそこにあった。

 だが、昏華チームの控室に満ちていたのは、歓声よりも――次を測る沈黙だった。


「……生きた心地しなかった」


 成宮が、ようやく肩の力を抜く。


「最後の100円、心臓止まるかと思った」


「凡人のくせに、いい仕事したじゃん」

 沙希が笑って肩を叩く。


「ま、ここからが本番だけどね」


 すきは、テーブルに並べられたフィギュアを見つめていた。

 指先で一体を軽く回し、何も言わない。


 雨瑠は、モニターを見ていた。


 ――二回戦、対戦相手。


 画面が切り替わる。


二回戦 対戦相手

チーム名:転売ズ


「……転売?」

 沙希が眉をひそめる。


 続いて表示されたデータに、成宮が息を呑んだ。


「取得率、高……。

 使用金額も、無駄がない」


 平均手数。

 成功配置率。

 すべてが、異様なほど整っている。


 凛は、無言のまま数字を追った。


 ――理解できる。

 この数字の意味が、すべて。


転売ズ リーダー売田(うりた) (てん)

 売田は、人付き合いが得意ではなかった。


 会社に入っても、輪の中に入れない。

 雑談のタイミングも分からず、

 気づけば、話しかけられることもなくなった。


 辞める決断は、早かった。


 実家に戻り、部屋にこもる日々。

 親の視線は、責めているわけではない。

 それでも、胸に刺さる。


――自分は、何もしていない。


 ある日、言われた。


「一日中家にいるなら、

 その時間で何かできないの?」


 責める声ではなかった。

 だからこそ、逃げ場がなかった。


 その時、ふと思い出した。

 ネットで見かけた、限定グッズの情報。


 平日の朝。

 誰も並ばない時間。

 列に立ち、購入する。


 それが、定価の十倍で売れた。


 画面に表示された金額を見た瞬間、

 胸の奥が、じんわりと温かくなった。


――役に立った。


 それだけで、よかった。


 同じような境遇の人間が、自然と集まった。

 転売ズ。


 クレーンゲームは、効率がいい。

 再現性が高く、在庫も安定している。


 正義か悪か。

 社会に必要か不要か。


 売田にとって、そんなものはどうでもよかった。


 稼げる。

 仲間が喜ぶ。

 親が、笑う。


 それで、自分は肯定される。



「クレーンゲームを、

 収益構造として理解しているチームだ」


 モニター越しに、協会長が言った。


「無駄な一手がない。

 成功率を最優先し、

 常に“正しい手”を選び続けている」


 正しい。

 合理的。

 効率的。


 凛の胸の奥が、微かにざわついた。


――わかる。

この人たちのやり方は。


 成功確率の高い配置。

 安全な手順。

 負けないための選択。


 それは、かつての自分と、よく似ていた。


「でもさ」


 沙希が、軽く首を傾げる。


「なんか……

 クレーンが、作業みたいじゃない?」


「作業?」

 成宮が聞き返す。


「うん。

 遊んでない感じ?」


 凛は、その言葉を否定できなかった。



 転売ズの控室。

 売田は、仲間たちの会話を静かに聞いていた。


「次も、いつも通りでいいな」


「ああ。

 効率落とさなきゃ、問題ない」


 “いつも通り”。


 その言葉が、売田を安心させる。


 正しい手順。

 正しい結果。


 間違えなければ、否定されない。


 それでいい。

 それだけで、十分だった。



 モニターに、試合開始の表示が灯る。


「二回戦、開始です」


 凛は、小さく息を吸った。


 正しさの塊のような相手。

 理解できてしまう相手。


 そして――

 だからこそ。


 胸の奥に、

 嫌な予感が、確かにあった。

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