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くれげの世界  作者: ぐろ
最終章“ 神域編”
157/205

第155話 スタートライン

歓声は、まだ揺れていた。


だが台の前では、

もう次の空気が流れ始めている。


羽澄京子は、静かに息を吐いた。


鏡の世界は消え、

現実の光景が戻ってくる。


照明。

カメラ。

観客。


そのすべての視線が見えた。


「……ふぅ」


小さく笑う。


「開いちゃった♡」



控え席。


すきは、言葉を失っていた。


「……今の」


胸の奥が、わずかに震えている。


見えた。


確かに。


羽澄の背後に、一瞬だけ現れたもの。


扉。


それが、静かに開いた。


「羽澄さん……」


自分でも気づかないほど小さな声。


「……扉、開いた」


その言葉に、


九條全が目を丸くする。


「は? マジかよ」


売田が腕を組む。


「だから言ったろ。あのバズ子、ただの映え女じゃねぇ」


ジョーは黙って、台を見ていた。


まるで時間の流れを測るように。



Sランク席。


一条零は、つまらなそうに視線を外した。


「……所詮、Bランク同士の試合だ」


隣のスタッフが息を飲む。


だが零は続ける。


「派手なだけだ。完成度は低い」


言葉は冷たい。


まるで価値を測る秤のようだった。



その横で。


神代統は、満面の笑みで拍手していた。


「いや〜いいねぇ!」


周囲が少し驚く。


「今のは魅せられたなぁ!」


腕を組みながら頷く。


「やっぱ羽澄さん、いいなぁ」



統の声には、純粋な楽しさが混ざっていた。


勝敗ではない。


上も下もない。


ただ、


面白い。


それだけだった。



控え席に戻る羽澄。


スマホの通知が止まらない。


だが彼女は画面を見ず、

静かに座った。


すきが声をかける。


「バズ子さん」


羽澄は顔を上げる。


「はい?」


すきは、少し迷ってから言った。


「……さっき」


「すごく、綺麗でした」


一瞬。


羽澄の目が丸くなり、


そして柔らかく笑った。


「ありがと♡」


少しだけ照れながら。


「でもね」


小さく肩をすくめる。


「やっと、スタートラインかも」


すきは頷いた。


それが本音だと、分かったから。



遠くで、アナウンスが響く。


「——次の試合の準備を開始します」


歓声の余韻は、まだ消えない。


だが、


確かに何かが変わった。


羽澄京子。


彼女の中で、


そして——


この戦いの空気の中で。

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