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くれげの世界  作者: ぐろ
最終章“ 神域編”
156/205

第154話 全ての視線

会場の空気が、変わっていた。


さっきまでの静かな職人戦ではない。


ざわめき。

期待。

息を呑む音。


その中心にいるのは――


羽澄京子。


だが。


阿達豪の呼吸は、乱れていなかった。



(落ち着け)


(相手が変わったわけじゃない)


盤面を見る。


箱の傾き。

摩擦。

橋幅。


すべて、想定内。


阿達は静かにアームを動かした。


横。


奥。


下ろす。


掴む。


箱が、わずかに沈む。


回転。


整う。


無駄のない一手。


「うま…」


「やっぱり阿達強いぞ」


観客のざわめきが広がる。


阿達は表情を変えない。


積み上げる。

ただそれだけ。



羽澄は、その一手を見ていた。


観客の目線の流れ。


カメラの向き。


阿達の呼吸のリズム。


全部、鏡の世界の中で重なって見える。


(丁寧)


(真面目)


(積み上げるタイプ)


そして。


(……地味)


一瞬、胸の奥が揺れる。


教室の笑い声。


地味子。


振り返られない日々。


透明だった自分。


羽澄は、ゆっくり息を吐いた。


「——だからこそ」


「今、輝きなさいよ」



アームが動く。


横移動。


観客席から最も映える角度。


奥行。


アームの影が箱の角に重なる瞬間。


下ろす。


掴む。


持ち上がる。


視線が、一斉に追う。


その視線すら、羽澄の操作の一部だった。


箱は――


落ちない。


だが。


空中で、わずかに回転し、


次の一手で決まる位置へ整う。


「うわ…」


「計算じゃない…」


「演出だ…」



阿達の眉が、わずかに動く。


(最短手じゃない)


(だが…完成形に近い)


理論では説明できない。


だが確実に、完成へ近づいている。



三手目。


阿達。


整える。


盤面は、詰みに近づく。


四手目。


羽澄。


ボタンに触れた瞬間、


会場のざわめきが止まった。


誰もが、次を待っている。


鏡の世界。


無数の自分が微笑む。


『見てる』


『期待してる』


『あなたを』


羽澄は、小さく笑った。


「じゃあ——」


「最高の瞬間、いくよ♡」



アームが下りる。


箱の角を、ほんのわずかに押す。


浮く。


傾く。


回る。


時間が、伸びる。


観客の視線が、止まる。


そのまま——


橋を越え、


空中で一度、揺れ、


重力に導かれるように――


ゴトン。


一拍。


遅れて。


会場が爆発した。


「うおおおおお!!」


「今の何!?」


「美しすぎるだろ!!」


「映えすぎ!!」


スマホの画面が、光の海のように揺れる。



阿達は、静かに盤面を見ていた。


負けた。


だが。


不思議と悔しさだけではなかった。


(魅せる、か)


小さく息を吐く。


羽澄が振り返る。


「……職人さん」


微笑む。


「あなた、すごく良かった」


阿達は一瞬目を見開き、


そして小さく頷いた。



観客の歓声は、まだ止まらない。


羽澄京子は、カメラのレンズに向かってウインクした。


「——みんな、見てた?♡」


歓声が、さらに跳ね上がる。


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