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くれげの世界  作者: ぐろ
最終章“ 神域編”
154/205

152話 地味

阿達豪の操作は、静かだった。


大きな動きはない。

魅せる意図もない。

ただ、無駄がない。


横移動。

止める位置は迷いなく一度。


奥行。

深すぎず、浅すぎず。


アームが下りる。


箱が、ほんの数ミリ整う。


それだけ。


「……え? 今動いた?」


観客席から小さな声が漏れる。


歓声は起きない。

だが——


雪平が、わずかに目を細めた。


売田が、小さく舌を鳴らす。


「厄介なタイプだな」


阿達の盤面は、

気づけば確実に整っていく。


削り取るように無駄を消し、

失敗の余地だけを静かに排除していく。


まるで——

長年使い込まれた工具のように。


派手さはない。

だが、確実に仕事をする。


観客の歓声とは無縁の場所で、

勝利に最も近い形が作られていく。


「……なんか地味だな」


誰かがそう呟いた。


その言葉は、

軽く放たれたはずなのに。


羽澄の胸の奥に、

小さく刺さった。



地味。


昔、何度も呼ばれた言葉。


教室の隅。

集合写真の端。

名前を呼ばれることもない位置。


——地味子。


誰の記憶にも残らない存在。


(……懐かしいなぁ)


羽澄は、静かに息を吐いた。


盤面の向こう。


阿達は変わらず静かに整えていく。


歓声も、視線も、求めていない。


ただ、目の前の一手に集中している。


(すごいなぁ)


素直に、そう思った。


でも同時に。


胸の奥で、別の感情が揺れる。


(あの頃の私みたい)


誰にも見られない場所で、

ただ頑張っていた自分。


違うのは——


阿達は、

それでいいと思っていること。



会場の視線が、少しずつ阿達の台に集まり始める。


静かに整えられた盤面。


あと数手で、確実に落ちる形。


「職人だな……」


誰かが感嘆する。


その瞬間。


羽澄の胸の奥で、何かが揺れた。


(……見られてる)


視線。


観客。


カメラ。


対戦相手。


すべての「目」が、空気の流れとして伝わってくる。


胸の奥が熱い。


承認欲求?


違う。


もっと、原始的な衝動。


(見てほしい)


(私を)


(今の私を)



羽澄は、小さく笑った。


「……ねぇ」


誰にも聞こえない声。


「開いちゃおっかな♡」


指が、ボタンに触れる。


その瞬間。


世界の輪郭が、静かに揺らいだ。


まだ、扉は開いていない。


だが——


その前触れのように。


空気が、変わった。



阿達が、初めて視線を上げる。


違和感。


盤面ではない。


対戦相手から伝わる、微細な変化。


羽澄京子。


その目は——


さっきまでとは、違っていた。



次の一手が、

空気を変える。


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