第150話 昇格
ざわめきは、すぐには戻らなかった。
勝敗は明確だった。
だが会場は――
静まり返っていた。
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「……勝者、売田転!」
遅れて響いたアナウンスに、
ようやく空気が動く。
拍手が起こる。
だがそれは、
歓声というより――
理解しようとする拍手だった。
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売田は景品を手に取り、
軽く肩を回した。
「……ふぅ」
いつもの軽口は出ない。
だが代わりに、
どこか吹っ切れた顔をしていた。
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「やりましたね売田さん!」
羽澄が駆け寄る。
「Bランク昇格確定ですよ♡」
売田の眉がぴくりと動く。
「……マジか」
一拍。
「年収アップじゃねぇか」
会場の緊張が、
一瞬でゆるんだ。
笑いが漏れる。
「そこかよ!」
「ブレねぇ!」
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九條全が腕を組む。
「……でもよ」
視線は盤面。
「すげぇ試合だった」
売田は鼻で笑う。
「当たり前だろ」
少し間を置いて。
「本気で来られたからな」
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一方。
下衆田は、
その場から動けずにいた。
照明。
観客。
ざわめき。
何も耳に入らない。
ただ、
自分の手だけを見ている。
(……負けたでげす)
だが、
それ以上に胸を占めていたのは、
別の感覚だった。
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観客席の上段。
一条零は、
静かに試合を見下ろしていた。
表情は変わらない。
拍手もしない。
ただ、
目だけが細められている。
隣の関係者が小さく言う。
「予想外でしたね」
零は答えない。
視線の先には、
売田ではなく――
下衆田。
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「……弱い」
零は小さく呟く。
だがその声には、
苛立ちではなく、
測るような響きがあった。
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月刊クレーンゲーム記者・聞見描は、
メモを止められなかった。
「ランク制度導入後、
初の波乱――」
ペンが走る。
「思想がぶつかり始めている」
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場内モニターに、
試合結果が表示される。
《売田転 勝利》
《C → Bランク昇格》
観客がどよめく。
「もう昇格!?」
「ランク戦えぐいな…」
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九條全が、
モニターを見上げる。
そして――
静かに言った。
「待ってろよ」
誰に向けた言葉でもない。
だが確かに、
上を見ていた。
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売田が通り過ぎざま、
全の肩を軽く叩く。
「次、お前だ」
全はニヤリと笑う。
「見てろ」
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遠くで。
下衆田が、
ゆっくり歩き出した。
向かう先は――
観客席上段。
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会場の空気が、
わずかに張り詰める。
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ランク入れ替え戦。
ただの序列争いではない。
価値観が、
ぶつかり始めていた。




