第146話 宣戦布告
拍手は、ゆっくりと収まっていった。
だが、
空気はまだ揺れている。
九條全の背中を、
多くの視線が追っていた。
ただのDランク同士の試合。
そのはずだった。
なのに。
誰もが、何かを感じ取っていた。
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全は、振り返らない。
そのまま協会席の方へ歩く。
一歩。
また一歩。
足音だけが響く。
そして――
立ち止まった。
ゆっくり顔を上げる。
ガラス越しの協会席。
会長。
幹部。
Sランク。
Aランク。
全員の視線が集まっている。
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全は言った。
静かに。
だが、はっきりと。
「おい」
会場が凍る。
「このランク制度考えたやつ」
一拍。
「よく聞け」
ざわめきが広がる。
「おれがSランクに勝って」
拳を握る。
「この制度、ぶっ壊すからな」
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一瞬。
沈黙。
次の瞬間――
どよめきが爆発した。
「うおおおお!?」
「言いやがった!」
「Dランクが!?」
観客席が揺れる。
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協会席。
副会長・知見優が静かに目を細める。
「……面白い」
会長は無言。
だが、その目は九條を捉えたまま動かない。
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控え席。
「……はは」
誰かが笑う。
「やるじゃねぇか」
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「おいコラァァ!!」
場違いな大声。
振り向くと、
売田転が立ち上がっていた。
満面の笑み。
「全!!」
拳を突き上げる。
「でかいこと言いやがって!」
観客がざわつく。
「だがな!」
胸を叩く。
「その前に!!」
「おれの昇給はどうなる?」
周囲が一瞬固まる。
「そこかよ!!」
「空気読め!!」
売田は構わず続ける。
「一回戦勝てば年収600万だぞ!!」
観客席から笑いが起こる。
「現実的すぎる!」
「夢が生活費!!」
売田は腕を組む。
「プロはなぁ!」
ドヤ顔。
「生活も大事なんだよ!」
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九條が額に手を当てる。
「……うるせぇ」
だが。
口元は、少しだけ緩んでいた。
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羽澄京子がスマホを構える。
「わぁ〜♡」
「今の絶対バズります♡」
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会場の空気は、変わっていた。
さっきまでの入れ替え戦ではない。
誰もが気づいている。
これは――
何かが壊れる音の前触れだ。
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花形は、控え席から九條を見ていた。
涙はもう止まっている。
胸の奥で、静かに思う。
(やっぱり……)
(私が憧れた背中だ)
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ガラス越しに。
会長は、ゆっくりと椅子に深く座った。
「……嵐になるな」
知見が答える。
「ええ」
「ですが」
小さく微笑む。
「停滞よりは、はるかに良い」
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全は再び歩き出す。
次の戦いへ。
制度を壊すために。
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ランク入れ替え戦。
火は、確かに灯った。




