第145話 Dランク同士
一夜明け、試合開始前。
ランク入れ替え戦
第一試合。
Dランク
九條全 対 花形鈴。
誰もが軽く見ていたカードだった。
だが――
今、台の前に立つ花形の目は、静かに燃えていた。
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彼女は三度、この場所に立っている。
第一回プロ試験。
緊張で手が震え、
思うように操作できなかった。
結果、不合格。
控室で泣く彼女に、
聞こえてきた声。
「花形がプロ?無理だろ」
笑い声。
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第二回。
今度は練習を重ねた。
寝る間も削った。
バイト代はすべてプレイに消えた。
それでも――
あと一手。
届かず。
また、不合格。
帰り道、友人が言った。
「もうやめとけって」
「向いてないんだよ」
彼女は笑って頷いた。
家に帰ってから、
一晩中泣いた。
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三度目の挑戦。
周りはもう、何も言わなかった。
期待も、嘲笑もない。
ただの無関心。
それでも花形は続けた。
なぜか。
理由は一つだった。
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第一回プロライセンス試験
初めて見た人物。
才能がなくても、
這い上がった人。
九條全。
短気で、口が悪くて、敵も多い。
損な性格。
でも――
見捨てない。
相談に来た後輩を追い返さない。
不器用に、でも確かに向き合う。
三期生が悩むと、
自然と足が向く場所。
それが
九條先輩のところだった。
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第3回試験。
合格発表。
自分の番号を見つけた瞬間、
花形は声を出せなかった。
震える手でスマホを握る。
最初に浮かんだ名前。
九條先輩。
だが――
電話はかけなかった。
直接言いたかったからだ。
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そして今。
同じ舞台。
同じDランク。
憧れた背中と並んでいる。
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「……来たな」
全が言う。
いつものぶっきらぼうな声。
花形は、小さく笑った。
「はい」
「先輩と当たるなんて、最悪です」
「は?なんだそりゃ」
「だって」
一瞬、言葉が詰まる。
「負けたくないじゃないですか」
九條の口元が、わずかに緩んだ。
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試合が始まる。
花形の操作は派手ではない。
だが――
無駄がない。
積み重ねてきた時間が、そこにある。
九條の動きは荒い。
大胆で、直感的。
だが、その奥にある精度は本物だ。
観客席の誰かが呟く。
「……いい試合だ」
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数手の攻防。
花形の手が止まる。
あと一手。
届く。
でも、足りない。
九條は理解していた。
ここで自分が決めれば終わる。
終わってしまう。
だが。
次の瞬間。
九條の視線が、花形を見る。
震えている。
悔しさじゃない。
恐怖でもない。
ここまで来た人生すべてが、
この一手に乗っている震え。
九條は、静かに息を吐いた。
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アームが降りる。
掴む。
持ち上げる。
落下。
ゴトン。
決着。
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静寂。
次の瞬間、拍手が広がる。
花形は、俯いたまま動かない。
涙が、床に落ちた。
一滴。
また一滴。
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「……あぁ」
彼女は小さく笑った。
「よかった」
震える声。
「くじょうせんぱい」
顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃのまま。
「私が憧れた背中です」
九條は、目を逸らした。
「泣くな」
「……はい」
「胸を張れ」
「……はい!」
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花形は深く頭を下げる。
悔しさは消えていない。
でも。
負けてなお、
胸の奥が満たされていた。
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観客席、同期の三期生たちが泣いている。
「鈴ちゃん……!」
「かっこよかった……」
その姿を見て、
花形は初めて気づく。
自分もまた、
誰かの背中になっていたことに。
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