第139話 目標
会場の熱が、
ゆっくりと落ち着いていく。
歓声のあとに残ったのは、
拍手と、
少しの照れと、
それぞれの「ありがとう」だった。
⸻
「……お前、受験生だったのか?」
売田が、
信じられないものを見るようにジョーを見た。
通訳が、言葉を繋ぐ。
ジョーは、
少し考えてから、深く頭を下げた。
「ありがとう。
……ミスター転売」
一瞬、間。
そして売田は、
腹の底から笑った。
「はっ!
なんだそれ。
まあいいや」
肩をすくめて、
ジョーの背中を軽く叩く。
「生き残れよ。
それが一番だ」
ジョーは、
はっきりと頷いた。
⸻
「君との対戦でね」
梅田芭蕉が、
九條に声をかけた。
「自分に足りないものが、
よくわかった。
ありがとう」
「……は?」
九條は、
気まずそうに鼻を鳴らす。
「茶道家なら、
黙って茶だけ点ててろよ」
芭蕉は、
楽しそうに笑った。
「今度、うちに来なさい。
お茶、淹れよう」
「……考えとく」
そう言いながら、
九條の口元は、少しだけ緩んでいた。
⸻
「ねぇ葉子さん、葉子さん♡」
羽澄が、
スマホを構えて駆け寄る。
「写真、撮ろ!」
「え、えぇ……」
戸惑いながらも、
プリンセス葉子は隣に立つ。
「……あのマジック、
自信作だったのだけど」
小さく息を吐く。
「あなたにだけは、
見破られてしまったわね」
「私、
弱いところを見せるの、
ずっと隠して生きてきましたから♡
……だからかな?」
葉子は、
少しだけ遠くを見る。
「小さなマジックバーを始めるわ。
出直しよ」
「じゃあ、
コラボお願いしますね♡」
羽澄が即答する。
葉子は、
ふっと笑った。
「……楽しみにしてるわ」
⸻
「私には、
持ち駒がたくさんあった」
龍宮寺 玉が、
静かに言った。
「だが、
肝心な王の周りには、
置かなかった」
「勉強になったよ。
ありがとう」
雪平は、
一礼する。
「……いえ。
私の方こそ、自惚れていました」
「また機会があれば、
一局ご教授ください」
「ぜひ」
二人は、
将棋盤の前で向き合う棋士のように、
静かに頭を下げ合った。
⸻
「……気分はどうだ?」
晴谷が、
すきに声をかける。
「嬉しいです。
でも……悔しい」
「自分が負けたからか?」
「いえ」
すきは、
首を振った。
「先生が見せてくれたこと。
雪平さんに感じたこと」
「今の自分じゃ、
届かないって、
はっきりわかりました」
晴谷は、
少しだけ目を細める。
「それの正体、
教えてやろうか?」
「……はい」
短く、強く。
「“ 目標”だ」
その言葉が、
すきの胸に落ちた瞬間。
一年間、
フリーターとして漂っていた時間。
目的のない毎日。
感動の無いゴトン。
それらが、
一つの形に噛み合う。
カチッ。
パズルのピースが、
音を立ててはまった。
「お前は、
まだ強くなれる」
「……俺なんかよりな」
「先生の本気、
初めて見ましたよ」
すきは、
笑った。
その笑顔は、
試合のときより、
ずっとまっすぐだった。




