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くれげの世界  作者: ぐろ
第三章 プロライセンス編
137/205

第135話 ジョー

ジョーの記憶は、

いつも音から始まる。


銃声。

割れるガラス。

誰かの叫び声。


そして——

妹の、泣き声。


「……クレア」


その名前を呼ぶたび、

ジョーの世界は少しだけ、現実に引き戻された。



ジョーが育った国では、

内戦は日常だった。


爆発は遠くで鳴り、

銃を持った大人たちは、

理由もなく街を歩いていた。


それでも、

ジョーの家は、幸せだった。


父。

母。

妹のクレア。


貧しかったが、

食卓には笑顔があった。


父は、よく言っていた。


「クレアはな、

 お前が守るんだぞ」


ジョーは胸を張って答えた。


「うん。まかせて」


本気だった。



その日は、

いつもより静かだった。


静かすぎて、

それが不安だった。


ドアが、乱暴に開いた。


見知らぬ男たち。

銃。

怒鳴り声。


「金を出せ。食料を出せ」


父は、

迷わず前に出た。


「……全部出す。

 だから、家族には手を出さないでくれ」


父は、頭を下げた。


ジョーは、

その背中を、今でも覚えている。


誇らしくて、

情けなくて、

でも——


かっこよかった。


床に置かれた食料。

なけなしの金。


男たちは、それを見て言った。


「……少ねぇな」


次の瞬間だった。


銃声。


父が倒れた。


母が、

悲鳴をあげて駆け寄り、

そして——


もう一発。


ジョーは、動けなかった。


クレアの手を、

強く握っていた。


離したら、

この子まで連れていかれる気がした。


だから、

叫ばなかった。


泣かなかった。


ただ、

見ていた。



世界は、

その日、壊れた。


理由はなかった。

約束も、意味を持たなかった。


——理不尽。


それだけが、残った。



それからのジョーは、

父親代わりだった。


クレアを食べさせる。

寝かせる。

守る。


盗みをした。

奪った。


でも、ジョーの中では、

それは「盗み」じゃなかった。


——取り戻してる。


最初に奪ったのは、

この世界だ。


ジョーは、

そうやって自分を保っていた。


やがて、

身寄りのない子どもたちが集まった。


ジョーは、

彼らの前に立った。


「俺たちは、奪われた。

 だから、取り返す。

 それだけだ」


誰も反論しなかった。


クレアは、

そんなジョーを見て、

それでも笑った。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


ジョーは、

何度も言った。


「大丈夫だ。

 クレアは、俺が守る」



その日が来た。


クレアの誕生日。


「今日はね、

 ケーキが食べたい」


ジョーは、

盗まないと決めた。


ちゃんと、

金を払って買う。


袋に入ったケーキを抱えて、

ジョーは帰った。


帰り道、

何度もクレアの笑顔を想像した。


——ただいま。


アジトは、

静かだった。


あまりにも、静かだった。


「……クレア?」


返事はなかった。


中に入って、

すべてを理解した。


誰も、

生きていなかった。


名前を呼んだ。

何度も。

何度も。


袋が、

手から滑り落ちた。


ボトン。


その音が、

世界の終わりだった。



時間は、

そこで止まった。


ジョーは、

生きていた。


でも、

心は、動いていなかった。


一年後、

会長に拾われた。


何を言われたか、

ほとんど覚えていない。


ただ、条件だけは覚えている。


「クレアと、

 仲間たちの墓を建ててほしい」


会長は、

静かに頷いた。


「約束しよう」



日本で、

初めて触れた。


クレーンゲーム。


箱が落ちた。


ゴトン。


ジョーは、

息を止めた。


落ちたのに、

終わらない。


戻されても、

もう一度、できる。


——あぁ。


これは、

あの世界とは違う。

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