第134話 理不尽
静まり返った会場で、
売田は深く息を吐いた。
——考えるな。
——嗅げ。
アームが動く。
迷いのない横移動。
ためらいのない奥行き。
魂の初手。
派手じゃない。
だが、箱は確実に“生きた形”へと寄せられていく。
観客がざわつく。
「……うまい」
「無駄がない」
売田は画面を見ない。
アームの“癖”と“抵抗”だけを信じている。
その様子を、
ジョーはじっと見ていた。
——興味。
初めてだった。
相手の動きを「敵」ではなく、
「現象」として見たのは。
二手目。
売田の指が、わずかに跳ねる。
転売回し。
アームの下降点をズラし、
掴まず、押す。
押して、逃がす。
箱は回転しながら、
自ら“取られる形”を選ぶ。
整えられていく。
無理やりではない。
奪うでもない。
「……理に、かなってる」
ジョーの喉が、かすかに鳴った。
その瞬間だった。
——あぁ。
胸の奥で、
なにかが反転する。
理不尽だから、はじまる。
銃を向けられた父。
倒れた母。
泣き叫ぶ妹。
説明はなかった。
選択肢もなかった。
理不尽に奪われた人生。
——でも。
今、目の前の男は違う。
理不尽を知っている。
だからこそ、
理不尽に“形”を与えている。
奪うためじゃない。
生き延びるため。
ジョーの世界が、
ゆっくりとスローモーションに沈んでいく。
アーム。
箱。
空気の揺れ。
全部、見える。
——返してもらう。
違う。
——取り戻す。
ジョーは、
ボタンに手を置いた




