第132話 プライド
開始の合図。
ジョーは、
深く息を吸うこともなく、
そのまま台に向かった。
視線が、
一点に定まる。
世界が、
静かに——遅くなる。
アームの軌道。
箱の揺れ。
アームが降りるまでの“間”。
すべてが、
引き伸ばされた映像のように
はっきりと見えている。
初手。
ジョーの操作は、
迷いがなかった。
一度で、
箱を“リーチの形”にする。
会場が、
ざわつく。
「……は?」
「一手目で?」
だが。
売田転は、
一瞬も迷わなかった。
「特別ルール」
その声が、
会場に通る。
「——初期位置戻しを宣言する」
ブザー。
箱は、
何事もなかったかのように
初期位置へ戻された。
受験者チームが、
息を呑む。
「え、今……?」
「早すぎない?」
ジョーは、
肩をすくめる。
やれやれ、
とでも言うような仕草。
二手目。
ジョーは、
再び世界を遅くする。
初期位置。
同じ盤面。
だが、
結果は同じだった。
またしても、
一気にリーチ。
ざわめきが、
悲鳴に変わる。
「おいおい……」
「またかよ……」
売田は、
間髪入れずに言った。
「初期位置戻し、二回目」
ブザー。
箱が、
再び戻される。
今度は、
会場全体が
完全に言葉を失った。
受験者チームも、
観客席も。
「……嘘だろ」
「それ、アリなのか?」
通訳が、
ジョーの言葉を拾う。
「……あのおじさんは、
プライドが無いのか?」
「自分は、
まだ一度も
操作していない」
その言葉に、
売田が笑った。
乾いた、
だが迷いのない笑いだ。
「よく聞け」
売田は、
ジョーを真っ直ぐに見る。
「プライドなんか
つまらねぇもん掲げて
転売ができるかよ」
会場が、
静まり返る。
「勝つために、
使えるもんは全部使う」
「それが、
生き残るってことだ」
売田は、
そのまま視線を横にずらす。
九條 全。
「……だからガキは嫌いなんだよ」
「変なもんに
意地張りやがって」
九條が、
即座に言い返す。
「……こっち見るな!」
受験者チームの空気が、
少しだけ緩む。
だが。
盤面は、
まだ一度も
売田の手を受けていない。
そして——
ジョーは、
少しだけ笑った。
世界は、
まだ遅い。
最終戦は、
ようやく本当に
始まったばかりだった。




