第124話 全盛期
ラリーは、
さらに速度を上げていた。
すきの一手は鋭い。
未来を拾い、
重心を正確に突く。
箱が、
一気に前へ出る。
(……いける)
そう思った瞬間。
晴谷の台が、
それ以上の速さで応える。
迷いがない。
無駄がない。
なのに、焦りがない。
(……追いつかれてる)
すきの呼吸が、
わずかに乱れる。
自分が強く出るほど、
晴谷の動きが冴えていく。
まるで、
相手の力をそのまま受け取って、
増幅して返してくるみたいに。
一手。
二手。
キャッチボールじゃない。
卓球のラリー。
強く打てば、
より速く、
より正確に返ってくる。
そのとき。
晴谷が、
ふっと笑った。
そして、
思わず零れたように言う。
「……楽しいなぁ」
すきが、一瞬だけ目を見開く。
「昏華ぇ」
その呼び方は、
教師のものじゃなかった。
顧問でもない。
——学生時代と、同じ声。
「お前とやると、
ほんとに楽しい」
次の瞬間。
晴谷の動きが、
一段、深くなる。
アームの入り。
箱への当て方。
普通なら避ける、
難しい角度。
——難易度が上がる。
その瞬間、
台が整う。
(……っ)
すきは、
はっきりと感じた。
自分が強いほど、
この人は強くなる。
晴谷の才能。
難易度が高いほど、
獲得率が上がる。
——いや。
今は、
それだけじゃない。
対戦相手が強いほど、
勝率が上がる。
だから。
だからこそ。
今が、全盛期。
晴谷は、
勝ちに酔っていない。
ただ、
盤面を楽しんでいる。
そして同時に、
すきに向き合っている。
「……それで終わりか?」
低い声。
でも、
さっきより少しだけ、
柔らかい。
その一言で、
すきは理解した。
この人は、
自分を倒しに来ている。
次の一手。
すきは、
全力で打った。
未来を信じて。
自分の才能を、信じて。
箱が、
限界まで進む。
——だが。
晴谷の返球が、
それを上回る。
整え。
押し。
完成。
台が、
“取れる形”になる。
すきの胸が、
大きく脈打つ。
(……負ける)
その予感は、
恐怖じゃなかった。
晴谷は、
一度だけ深く息を吸う。
腕は、なまっていない。
——今が全盛期だ。
ラリーは、
終わりへ向かっていた。




