第121話 サーストンの三原則
終盤。
プリンセス葉子の台は、
誰が見ても“あと一手”だった。
箱は、
獲得口のすぐ手前。
少し触れれば、落ちる。
会場がざわつく。
「いける……」
「これは決まっただろ」
その瞬間。
「おいバズ子!!」
売田の声が飛ぶ。
「初期位置戻し使え!!
安全に勝てるぞ!!」
正論だった。
ここで使えば、
葉子の流れは断ち切れる。
勝ちは確実になる。
羽澄京子は、
その声に反応しなかった。
一度だけ、
葉子の台を見る。
——静かに。
そして、
何も言わず、
自分の台へ向き直った。
「……え?」
売田が言葉を失う。
観客も、
意図が分からない。
(使わない……?)
次の瞬間。
羽澄は、
一切の迷いなくボタンを押した。
ガンッ。
アームが、
箱を“叩くように”弾く。
「乱暴すぎだろ!」
箱は、
勢いよく跳ね、
獲得口を通り過ぎた。
——終わった。
誰もがそう思った。
だが。
箱は、
縁に触れた。
くる。
……くる。
ゆっくりと、
回転する。
落ちるか。
戻るか。
時間が、
異様に長く感じられる。
まるで、
バスケットボール。
ゴールの縁を
くるくると回って、
ためらって——
ぱすっ。
箱は、
吸い込まれるように
獲得口へ落ちた。
ゴトンっ。
音が、鳴った。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「うおおおおお!!」
会場が、爆発した。
《なに今の!?》
《逆転!!》
《ジャイアントキリング!!!》
羽澄は、
ゆっくりと息を吐いた。
初期位置戻しは、
使われていない。
試合終了。
勝者――
羽澄 京子。
葉子は、
その場から動けなかった。
しばらくして、
小さく口を開く。
「……どうして?」
羽澄を見る。
「初期位置戻しを使えば、
安全に勝てたはずよ」
羽澄は、
一瞬だけ考える素振りをしてから、
にこっと笑った。
「だって♡」
そして、
ごく自然に言った。
「あなたの台、
最初からずっと
初期位置のままじゃん」
葉子の瞳が、揺れる。
——あ。
その一言で、
すべてを理解した。
アームは、動いていた。
けれど、
形は、何も変わっていなかった。
動いていたのは、
観客の視線だけ。
自分が考えた、
クレーンゲーム用のマジック。
その“魔法”を、
見破っていたのは——
目の前の女、ただ一人。
葉子は、
ゆっくりと笑った。
「……ありがとう」
小さな声。
羽澄は、
少し驚いてから、
肩をすくめる。
「こちらこそ」
それ以上、
何も語られなかった。
タネ明かしはない。
説明もない。
マジックは、
壊されなかった。
ただ、
引き継がれただけだ




